資源ゴミ置き場
あまり健全ではない文章を置いていく場所だと思います。
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悪きエレアの例えばなし
(まえがきのような何か)
この文章は、一部にグロテスクな表現ととても不潔な表現を含むのでご注意ください。
主にレヴラスさんがひどい目に遭っていますが食事中の閲覧は避けていただければ幸いです。
とある国には「善きサマリア人の法」と呼ばれる法があると聞いたことがある。
この法は、異国に存在する宗教の教典に書かれた「善きサマリア人のたとえ」という話が元になっているらしい。
その内容は、災難や急病などで窮地に陥った者を救うために良識的かつ誠実に行動をしたのなら、相手を救うことに失敗してもその結果の責任を問わないというものである。
私はこの日、ギルド長へノルマの報告をするためにギルド長室へ足を運んだ。
その扉の前に立ったその時、部屋からくぐもった男の呻き声が聞こえてきたのだ。
その声はいかにも苦しげだ。一体何があったのだろう。
慌てて部屋へ飛び込むと、ギルド長の男――レヴラスが首の辺りを掻きむしりながら床をのたうち回っていた。
そんな彼のテーブルには一つのもちが乗った皿が置かれている。
その様子からは彼に何が起きたかを想像するのは難くないだろう。
もちというものは噛み切りにくいもので、時に喉を詰まらせて窒息させてしまうこともある。
ノースティリスにおいても、もちによる死者は跡を絶たない。
レヴラスはもちを喉に詰まらせて窒息しかけていたのだ。
「ギルド長、大丈夫ですか。しっかりしてください!」
私は叫びながらもちを喉に詰まらせたレヴラスの背中を何度も強く叩くが、彼を窒息させているはずのもちは一向に出てこようとしない。
「うぐぐ……」
どうやら背中を叩く方法ではギルド長の喉からもちを吐き出させるのは無理らしい。
レヴラスの口を開けさせて手で掻き出そうとしても、それは上手く行かなかった。
そうこうするうちにも、ギルド長の顔はどんどん血の気を失っていく。
このままでは彼の命が危険であることは明らかだ。
急いでもちを吐き出さないとギルド長の命はない。一体どうすればいいのか。
その時だった。ギルド長の部屋をすぐ出たところにある、汚れた小型のラバーカップが目に留まったのは。
気が付くと、私はそれを手に取りながらレヴラスの傍に駆け寄っていた。
既に意識が朦朧としているであろう中、レヴラスは私が手に取った小型ラバーカップを一瞥すると、恐怖するかのように首を横に振った。
私が手にしたラバーカップは排水溝を掃除したのか、濡れた埃や人毛の絡みついたものがべったりと纏わりついている。
そこで、不意にギルド長が不潔を極度に嫌うことを思い出す。
普段の彼はいつもこのギルド長室を清潔に保つことへ努力を注いでいた。
この汚れた棒を喉に突っ込まれることなど、私も身の毛がよだつ心地がする。
ましてや、潔癖症を患う者にとってはとても耐え難いことだろう。
だが、依然として窒息が続いたままのレヴラスを見る限り、躊躇う時間はほぼ皆無だ。私は意を決して彼の開かれたままの口へラバーカップを押し込んで上下させた。
レヴラスはラバーカップで口を塞がれながらぼろぼろと涙をこぼすが、そんなことには構っていられない。
ラバーカップを幾度か上下させて喉から引き抜くと、喉の奥に咀嚼し損ねたもちの欠片が見えた。
もちを取り出すまであと少しだ。
私はレヴラスの身体を起こすと、その胸と腹を何度も強く押した。
彼がもちを吐き出したのはそれから程なくのことだった。
レヴラスは体液にまみれて血の気を失った顔をしながらも、ぜえぜえと息をしている。
そして、彼は暫く息を続けていたところでひどく咳き込み、嘔吐を始めた。
これはまずい。さらに嘔吐があっては嘔吐物を喉に詰まらせてしまう恐れがある。
私はレヴラスの身体を、嘔吐物を吐き出しやすい姿勢に横たえた。
「…………ひどい」
嘔吐を終えてしゃくり上げるレヴラスは、ただ呟いた。その目は泣いて赤く充血し、とても虚ろだ。
その様子から、彼は相当のショックを受けていることが窺えた。
だが、一先ずギルド長の救助には成功したのだ。この後、彼にひどく恨まれることは避けられないにせよ。
「……ギルド長、本当に申し訳ありません。すぐに癒し手を呼んできます。暫く待っていてください」
私はレヴラスへ呼びかけると、癒し手のいる部屋へ向かうため立ち上がった。
「……いっそ、ころ……くだ…………」
その時、レヴラスは何かを私に向けて呟いたが、私にはそれに耳を傾ける余裕はなかった。
長い廊下を一心不乱に走るうち、首の動脈が暴れ始める。
読書にかまけて身体を鍛えずにいたせいだろうか。どうしても長い距離を走ると息が切れて仕方ない。
ギルド長の部屋と癒し手の待機している部屋は長い距離があるが、今はますます距離が長く思えた。
やっとたどり着いた癒し手の部屋で癒し手へギルド長が食物を喉に詰まらせて窒息したという旨を伝え、彼女と共にギルド長室へ戻った私は愕然とした。
何故なら、部屋の床は真っ赤に染まり、壁にも赤が飛び散っていたからだ。
そして、床には私が先程助けたはずの男――レヴラスがうつ伏せに倒れている。
これはどういうことなのか。
私は震える足で血の海に沈むギルド長の元へ駆け寄った。
倒れるレヴラスを抱き起こすと、その手には血まみれの果物ナイフが握られており、喉はその刃で深く抉られて真っ赤な口を開いていた。
その首に触れて脈を探そうとするが、それは今や無意味だった。
血を噴き出し尽くした身体は既に鼓動を止めている。そして、動脈から溢れた血は無造作に部屋中を埋め尽くしている。
レヴラスは私が癒し手を呼んでくるまでの短い時間の間に、果物ナイフで自分の喉を突き刺して死んでいたのである。
私はレヴラスの死体を床に横たえると、癒し手を尻目にそのままうなだれた。
「これで、彼のもちを吐き出させたのですか……」
癒し手は、床に転がる唾液まみれのラバーカップを指差しながら尋ねる。
「ええ……ですが、喉を詰めて死ぬのも、喉を切って死ぬのも結果は同じではありませんか」
癒し手に対し、私は上の空で呟いた。
ギルド長が潔癖症を患っていたことは以前から知っていたが、その程度までは聞き及んでいないことだった。
彼にとって、その喉を汚れた物に侵入されることは、例えそれがそうしなければ生死に関わることだったとしても耐え難いことだったのか。それも、自ら命を絶つほどに。
これでは最初から何も手を下さず窒息死を待つのと結果は変わらない。
救うための行為が元で自殺などされるくらいなら、いっそ何も手を下さないままの方が良かったのか。
目の前で命を危険にさらしている人を見て見ぬふりをすることこそ倫理にそぐわないことだが、相手にとって死を選ぶほどに苦痛な方法で命を救っても、その結果として相手を自殺に追いやってしまっては仕様がない。
ギルド長を救うには、一体どうすれば良かったのだろう。
まだ体温を残す血まみれのレヴラスを前に、私はただ茫然とすることしかできなかった。
――とある国で、ある人が強盗に襲われて身ぐるみを剥がれたうえ、半殺しにされて道端に倒れていた。
神殿に関わる人たちは怪我人を助けず通り過ぎたが、その国で人々から嫌われ迫害されていた民である一人のサマリア人が怪我人を手当てし、宿屋まで運んで彼の世話をするよう費用まで出した。
この例えばなしの中で、怪我人の隣人たりうる人物はそのサマリア人であると教典に書かれる救い主は語った。
一方、私は目の前の隣人を助けることができなかった。
もちを喉に詰まらせた隣人は死んでしまった。事実はただそれだけだ。
――昔々、とある水と芸術の都の道端で一人の魔術士がもちを喉に詰まらせて倒れていた。
その魔術士は長く患う憂鬱症から頻繁に死を乞い願う言葉を口にしていたが、この時は救いを求めようとしていた。
だが、市民たちはそんな彼を「どうせ死にたがりなのだから」と見て見ぬふりをした。
そんな中、一人の善きエレアが瀕死の魔術士に気付いて彼へと声をかけた。
声を出せず、喉を押さえて苦しむ魔術士の姿を見たエレアはすぐに彼がもちを喉に詰まらせていることを知り、力を込めて魔術士の背中へと体当たりをした。
魔術士は何とかもちを吐き出したが、既に体力を消耗しきっていたために体当たりの衝撃に耐え切れず、ミンチになって死んでしまった。
先程まで魔術士を見て見ぬふりしていた市民たちは魔術士の最期の悲鳴を耳にし、粉々の肉片になった魔術士の血で全身を汚したエレアを目にするやいなや彼を「人殺し」と非難した。
エレアは「わたしはこの男を救おうとしていた。決して殺そうとは思っていなかった」と人々へ説明したが、彼を信じる者は誰もいなかった。
「お前は男を傷付けて殺す可能性を分かっていて、男へ体当たりをしたのだろう。それを人殺しだと言えないのなら何だというのか」
血まみれのエレアを、市民たちはそう非難した。
そうして、魔術士を救おうとしたはずの善きエレアは「人殺しの悪きエレア」として罪を問われることとなり、断頭台で首をはねられて死んだ。
*おしまい*
(あとがきのようなもの)
善きサマリア人の例えばなしというのは新約聖書のルカによる福音書に存在する話です。詳しくは調べてください。
ちなみに話の中に出てくる「サマリア人」というのはこの例えばなしが書かれた当時、ユダヤ人たちに迫害されている民族だったようです。
「善きサマリア人の法」という法律もこの例えばなし由来のものだそう。
しかしノースティリスじゃ善きサマリア人の法なんて存在しないでしょうし、エレアだと問答無用で処刑されるような理不尽な目に遭いそうです…。
*おしまい*
(あとがきのようなもの)
善きサマリア人の例えばなしというのは新約聖書のルカによる福音書に存在する話です。詳しくは調べてください。
ちなみに話の中に出てくる「サマリア人」というのはこの例えばなしが書かれた当時、ユダヤ人たちに迫害されている民族だったようです。
「善きサマリア人の法」という法律もこの例えばなし由来のものだそう。
しかしノースティリスじゃ善きサマリア人の法なんて存在しないでしょうし、エレアだと問答無用で処刑されるような理不尽な目に遭いそうです…。
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