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資源ゴミ置き場

あまり健全ではない文章を置いていく場所だと思います。

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水と芸術の街に赤い花を(後半)

 ※この文章はこれの続きです。
 


 いつの日だったか。私は台所で食事の準備をしていた。
 確か、その時の私は卵料理を作ろうとしていたのだろう。丁度手のひらに収まる大きさの卵を手に取っていたことを覚えている。
 卵を割ろうとしたその時、握った卵が手をすり抜け、台の縁を目がけて転がっていったのもまた記憶に残っていることだ。
 その卵がどうなったかなど、わざわざ説明する必要もない。
 何故なのか。その時の私の目に、卵は奇妙なほどゆっくりと落ちていくように映った。
 だが、目の前で落下していくものが遅く動いているように見えるか、それを救うべく動き出せるかということはまた別の話らしい。
 私は、一歩も動けないままその一部始終を見届けることしかできなかった。
 鈍い音を立てて潰れた卵は、高所から転落して地面に叩きつけられた者が辿る末路を表しているかのようだ。
 卵も人も生命をもつものだという点は同じであるが、水風船のようなものだという点もまた同じである。
 そして、今の私はあの日の台所でそうしていたように地面に座り込んで頭を垂れていた。
 その視線の先には潰れた卵の中身でなく、真っ赤な水溜まりが広がっている。
 その赤い海の中、女が倒れている。
 襟が首に密着するえんじ色のドレス。ドレスと同じ色の上品な装飾が施された、腰を細く見せるコルセット。
 女には顔がない。まるで綺麗に切り取られてしまったかのように下顎から上がないのだ。
 顎から上がない頭には、それでもまだ葡萄のような色を帯びた長い髪が植わっていて、その手足は関節が本来曲がることのない方向へ折れ曲がっている。
 目の前の残骸は妹の人形だ。人形は高所から身を投げて地面に叩きつけられ、壊れてしまった。
 台から転げ落ちた卵は透明な卵白を床にぶち撒きながら潰れた。妹もまた赤い汁を地面にぶち撒きながら卵のように潰れた。
 私はまたしても妹のことを守れなかったのである。
 私は、この壊れた妹が作りものであることを知っている。何度も落ちる妹を受けとめて救おうとする私の試みは不毛だろう。
 何故なら、妹は落下を始める以前からもう既に生命を失った存在であるからだ。
 今や妹は生命をもたない空っぽの人形に他ならない。地面を埋め尽くす血もまた偽物だ。
 その赤紫色をした「血」の匂いは、私へ酔いと狂気をもたらした。
 ……そうだ。あの日、床の上で潰れた卵を始末したのと同じように今すぐこの人形の頭を片付けなければ。壊れた頭はもういらないのだから。
 それから、この葡萄酒のような色の髪が植わった新たな頭を作ろう。
 私は今まで何度そうしたのか、頭を失った妹を掻き抱いて血の海を歩き始めた。
 だが、私は妹の顔を思い出すことなどできなくなっていた。
 それ故に、全ての人形は顔を失った不完全な姿にしかならなかったのだ。
 
 
 どこかから声が聞こえてくる。
「ねえ。ママ、あの黒い服の男の人はどうしたのかなあ。さっきからこっちを見ている」
「やだっ。きっと頭がおかしい可哀相な人なのよ、目を合わせちゃだめ。早く行きましょう」
「ママ、どうしてあの人のことを見ちゃだめなの?」
「とにかくだめなものはだめなの。あなたはあんな人に近付いちゃだめよ。わかった?」
 これはいつの日かの昼下がりに宛てもなく公園をうろついていた時、耳にした母娘の会話だったはずだ。
 母親は上品な出で立ちの美しい婦人で、上質なワンピースを着せられた幼い娘は愛らしい笑顔を見せていた。
 確か、あの時の私は婦人に妹の面影を見出していたのではないか。
 妹が生きていれば、あんな風に子をもつ母親になっていただろうか、それとも絵描きとして細々と生活していただろうか等と他愛もないことを考えていたはずだ。
 そんなことはつゆ知らず、私の視線に気づいた母親はその場から逃げるように娘の手を引いて公園を立ち去っていったのだった。
 私はあの親子の会話を聞いて何を感じていただろう。怒りを感じただろうか。それとも自分が惨めで悲しく思っただろうか。
 あるいは、骸と化そうとしている自己への憐憫の情を抱いただろうか。それは今となっては分からない。
 ただ、他者の目に映る自分の姿が世間でいう好ましい人間からは程遠い存在であるとその親子によって知らしめられたのは確かだろう。
 妹を失ってからの私は長い年月をかけて徐々に魔術士ギルド内での業務に対する情熱を失っていった。それはちょうど燃料を燃やし尽くした炎が段々と火の勢いを失くしていくかのようだっただろう。
 骨を砕いた末にギルド内のプロフェッサーという地位を手に入れたというのに、教え子の指導へ熱を注ぐことができず、あろうことか教壇に立つ気力がないという理由で講義をすっぽかすことさえあった。
 その上、講義中となれば教え子がいくら努力していようと結果が伴っていなければ全く評価しない。教え子の気持ちを慮ることもせず、優しい言葉の一つもかけない。
 いつの間にか、私はそんな最低の教官となり果ててしまったのだ。
 私がギルド内の業務に対して満足にやる気を出せなくなったのは、自分の地位が、妹のように努力が報われず夢破れた多くの人間の犠牲があってこそ成り立っているものであると気付いてしまったことも無関係ではないのかもしれない。
 意識的であれ、無意識的であれ、ギルド内で私は多くの種を砕いてきた。種を砕かれた者たちがどれだけの涙を流していたかなんて想像がつかない。
 そして、指導者としての私は教え子たちのもつ才能や能力というものがそれぞればらつくものであり、その中にはどうしても「発芽する見込みがなく、早く砕いてやる方が幸せであろう種」も存在するのだと認めざるを得なかった。
 内心では種が発芽しても育つ見込みがないと見切りをつけた人間を前に「努力をすれば報われる」だなんてどの面下げて言えようか。
 本当に出来た者であれば、それらのことを理解した上で種を砕かれた者たちの血や涙を背負いながらでも地位あるものとして全力を注ぐものだ。
 両手にはめられた罪悪感という手枷を理由に腐れているのはひとえに私の弱さでしかないだろう。
 いずれにせよ、講義室に「休講」という貼り紙だけを残して何も言わずギルドを飛び出してしまうくせ、いざ教え子たちを指導する場になれば馬鹿に結果主義へ傾倒し、教え子たちの感情を冷たい言葉で踏みにじるような人間が誰かに好かれ、愛されるなど夢のまた夢でしかない。
 そんな人間を愛することなど、私自身も願い下げだ。
 ――あいつは鬼教官だ。あいつの言葉を真面目に信じていれば才能の芽を摘まれて心折れてしまうぞ。
 教え子たちはそんな風に私を揶揄し、講義中には私への当てつけのように私語をしたり居眠りをしたりした。
 ――あいつの指導は無駄に厳しいだけで、若手の人間を積極的に育てようという努力が見えない。まるで発芽すらしていない段階にある才能の種を砕いているようだ。
 同僚たちはそんな風に私を評価しては腐していた。
 ――まるで油の切れた機械のようだ。ただ種を砕くだけで何の価値もない。
 私は頻繁にこのような呪詛を自分自身に向けて吐いていた。
 自分自身へ油を注ぐことを諦めて燃え尽きようとする私へ新たな油を注いでくれる者など誰もいなかった。
 妹を救えなかったことに対する後悔。情熱を失ったまま惰性でギルドの重役を担っていることへの罪悪感。余りに不甲斐ない自分自身へ向かっていく嫌悪と憎悪――――。
 これらの感情を忘れたいと望んだ私が縋ろうとしたのはアルコールであった。
 元々酒など好きではなかったが、苦悩を忘れて昔のように笑えるのなら何でもいいという思いが私を酒に溺れさせたのだろうか。
 だが、酒に酔った私は笑うことなどできず、ただ泣くばかりだった。
 それも、涙を捨てて嫌な感情を晴らすような気持ちのよい泣き方ではなく、それどころか泣けば泣くほど涙の泥沼にはまって動けなくなっていくような苦痛に満ちていた。
 どうやら、アルコールには人の理性のたがを外して感情の制御を困難にさせる効果があるらしい。
 常日頃から自分を苛んでいた感情は制御を失った分、先鋭化して私をますます苛んでいたのである。
 一般的に、酒に酔って泣く人間は嫌われる。ましてや、中年に差し掛かろうという男がなりふり構わず泣く姿などますます見苦しいに違いない。
 酒場のテーブルにしがみ付いて何時間も泣く私を、酒場の主人や他の客は冷ややかな目で見ていた。
 だが、それだけならまだ良い方だろう。
 その後日、私が酒場で見せた醜態がギルドの生徒たちや同僚の間で噂になっていることを知った時には目の前が真っ暗になる心地だった。
 ギルド員たちは直接私へ何かを言ってくるわけでなかったが、彼らと私の間に「醜く無様な私」という影が立ち上がり、消し去れないという事実が耐えられなかった。
 それ以来、私がその酒場に立ち寄ることはなかった。
 その後の私は店で買った酒を自宅で飲むようになり、薄暗い部屋で一人の飲酒を繰り返す度ますます虚しさだけが募った。
 誰の目もない場所で酒を飲み始めると、私は次第にその酔い方を狂わせていった。
 酒を飲み出せば腹痛に見舞われるほどの量を飲んでは吐くことが増え、翌日に記憶を失うことも増えていた。
 ある時は正気を失っているうちに酒の空き瓶を叩き割っていたのか、その破片で身体中を切って血だらけにしていたこともある。瓶の破片は口の中からも見つかり、うがいをすれば舌の激痛と共に赤い水を吐いた。
 酒場には酒に酔いながら陽気に笑ったり歌ったりする人間がとても多い。猫ですら酔えば陽気に歌う世界だ。
 だが、私はいくら飲もうと彼らのようにはなれなかった。
 酒場で飲もうと、自宅で一人飲もうと、どの道私は孤独だったのだ。
 そもそも、欲しくもない多くの量を自分に無理強いして飲むのだから、心地よい酔い方などできるわけがないだろう。この無理強いは自分への暴力に他ならない。
 酒の力を借りても陽気に笑うことができず、最終的には酒を自虐の手段に使用してしまう自分を前にして、私は如何に自分自身の内面が醜く荒んでいるかを噛み締めることとなった。
 巷ではアルコールを「気狂い水」と呼ぶ者もいる。
 私は甘い水を摂取することで狂うことに成功しようと、全てを忘れるということについては失敗しかできなかった。
 アルコールは私から本来のいっそう醜い姿を引きずり出して苦しめはしても、決して私を救いはしてくれなかったのである。
 
 
 私は再び白いシーツの上で目を覚ました。
 そこは、ギルド内にある自分の研究室だった。
 私が寝ていたのは仮眠用ベッドだ。その横にあるテーブルの上には中身が空になった葡萄酒の瓶が置いてある。
 どうやら私は葡萄酒を飲みながら眠っていたらしい。しかし、一度に瓶一本というのはいくらなんでも飲み過ぎだ。
 そうだ、今は一体何時なのだろうか。今日は昼から講義があったのではないか。急いで用意をしなければいけない。
 瓶の傍に置かれた時計に目をやると、針は止まっていて動かなくなっていた。
 こんな時に限って時計が動かなくなるなんて運が悪い。これでは時間が分からないではないか。
 いっそ再び布団にもぐって寝てしまおうか、今日も休講にしてしまおうかという考えが頭をよぎる。
 いや、私は一体何を考えているのだ。そんなことを許されるわけがないだろう。
 私は自分の頬を思いきり平手打ちすると、首を横に振った。
 スリッパを履いて急ぎ足でギルド員共用の洗面所へと向かう。
 私が最初の異変に気付いたのは歯を磨いて顔を洗っている時のことだった。
 鏡に目をやると、室内の鏡は全て粉々に砕けてしまっていた。
 いつの間に鏡は壊れてしまったのか。まず、これだけの鏡が壊れていたのなら真っ先に気付くはずだ。
 まさか、深酒をして眠り続けたせいで頭が馬鹿になっているのだろうか。
 いずれにせよ、洗面所の鏡が使えない以上は仕様がない。すぐ横のトイレに行こう。
 そうして男子トイレに入ると、そこの洗面台の鏡もまた壊れていた。
 一体どうしてトイレも洗面所も鏡が割られているのか。ふざけたギルド員のいたずらだろうか。
 自室にも手鏡の一つくらいは置いてあったはずだ。仕方ないのでそちらで身だしなみを整えるしかない。
 再び自室に戻った私は机の上で積み重なる書類や書物の中から手鏡を探し始めた。
 程なくして、手鏡は書類の間から見つかった。
 やれやれ、そろそろ机の上も整理しなくてはいけない。あまりにも散らかりすぎだ。
 そんなことを考えながら手鏡へ目をやると、私は愕然とした。
 何故なら、手鏡までもが粉々に砕けていたからだ。
 砕けた鏡に、私の顔が映ることはない。
 これは一体どうなっているのか。まるで、何かが私に対して「自分の顔を見るな」と言っているみたいではないか。
 それにしても、今日のギルド内はやけに静かだ。普段なら人の一人や二人くらいなら必ずと言っていいほどすれ違うはずなのだが。
 再び廊下に出ると、辺りの空気から嫌な魔力の波を感じた。
 これは一体どうしたことか。何が何だかよく分からないが何かが不安だ。
 魔力の波自体が不安感を煽るものであったが、人が誰もいないこともまた不安の後を押していた。
 どうして今日のギルドには人が全くいないのか。
 せめて、ギルド長ならいるはずだろう。嫌味を言われるのも癪だが、ギルド内で立て続けに奇妙なことが起きていることを知らせるくらいはした方がいい。
 ギルド長の部屋の前に辿り着くと、私はその扉をノックした。
 だが、返事はなかった。
 ギルド長の不在を確信した途端、妙な焦燥感が私を襲った。
 何故ギルド長はこんな時に不在なのか。いつもならこんなことで腹を立てることなどないが、今は腹立たしくて仕方ない。
 本来はそうしてはいけないはずだったが、私は無断でギルド長の部屋へ足を踏み入れた。
 部屋に入ると、案の定そこには誰もいなかった。
 ――――畜生。何故なのか分からないが苛々して仕方ない。
 私は思わず眉間にしわを寄せ、舌打ちをした。
 部屋の隅にはギルド長の趣味で植えられた植物の鉢植えが並んでいる。
 その時、私は鉢植えの中にネリネとよく似た形の真っ赤な花が植わっているのを目にした。
 この花はどこかで見覚えがある。だが、どこで見たのだろうか。
 いや、今はギルド長の趣味で植えてある花に構っている場合ではないのだ。それより、ギルド長は一体どこにいるのか。
 ふと部屋の中央に目をやると、黒い威圧感のある椅子の上で光るものが目に留まった。
 椅子の傍に駆け寄り、それを手に取る。
 それは、ギルド長が肌身離さず身に着けていた片眼鏡だった。
 私は、ギルド長がこの片眼鏡をいかにも丁寧に磨いているのをよく目にしていた。
 そして、この片眼鏡には不思議な魔力が込められているなどという噂も耳にしたことがある。
 ギルド長は、この洒落た装飾の片眼鏡に一体どんな魔力を込めているというのか。
 しかし、この眼鏡に指紋の一つでも付ければギルド長は激怒することだろう。あの人は私物を他人に触られることを毛嫌いする性格なのだから。
 これ以上眼鏡を触るのはやめた方がいい。
 私は片眼鏡を元の場所へ置く前に、何気なくその円いレンズを覗き込んだ。
 その時だった。目を覚ましてから私が初めて自分の顔を見たのは。
 ギルド長の片眼鏡は、彼自身が見た事実を全て映し出していた――――――。
 
 
「あなたはいつもそうやって、自己満足を繰り返すのですか。いつまでもそこから動かないつもりなのですか」
 正面から声が聞こえてくる。それは責め立てるかのような声だ。
 重たい瞼を開くと、そこは薬草の匂いと古びた書物の甘い匂いが入り混じるギルドの一室だった。
 ここは、先程私が足を踏み入れた部屋、ギルド長の部屋だ。
 目の前に、声の主である長い髪の痩せた男が黒い威圧感のある椅子に座っている。
 「レヴラス」という名のその男は首から下げたギルド長の証である首飾りの紋章を私の前でちらつかせる。
 それは彼の癖だった。部下がギルド長室にやって来る度、これ見よがしに首飾りの紋章を布で拭き始めるのもまた癖だったと聞く。
 私はこの片眼鏡を着けた男と顔を合わせる度にいつも緊張を覚えた。私は彼のことが苦手だった。
「レントン。相変わらず暑苦しい格好ですね。寒いのでしょうか」
 レヴラスは椅子から立ち上がると、私を舐め回すように見ながら首を傾げた。
 私は自分の両腕へと視線を落とす。
 その黒いローブの袖は指先まで隠せそうなほどに長い。それに加え、私はローブの下に長い袖のシャツを着ていた。まるで、肌を徹底的に隠すかのように。
 言うまでもなく、首に巻いた大判のスカーフもまた首を隠すためのものだ。
 男はほぼ黒に近い灰褐色の髪をかき上げ、ため息交じりに私の右手を取った。
「まるで徹底的に腕や首を隠そうと努力しているかのようです。肌を見せられない深い理由でもあるのでしょうか」
 手袋越しに、男の指が私のシャツの袖口とスカーフへかけられる。
 私はそれに心底からの不快感を覚えるが、どうすることもできず目を逸らした。
 この男はいつもそうだ。まるで他人の感情を慮ることを知らないかのように、あるいは知っておいて敢えて無視するかのように、相手にとって触れられたくない領域へずかずかと入り込むような態度を取ってくる。
 彼が常日頃からギルド長の紋章を部下の前で見せつけるような行動を取るのもまた、部下たちが潜在的に彼へ抱いているであろう劣等感や嫉妬といった触れられたくないはずの感情を逆撫でする意図があるのだろうか。
「人の話を聞く時はきちんと相手の目を見てください。幼子の頃からそう教わったでしょうに」
 ギルド長が私の顔を覗き込む。
 その円い片眼鏡のレンズに映る男のスカーフと袖は捲られ、露わになった右腕と首には赤紫色に腫れ上がる無数の線が蠢いていた。
 これは決して白日のもとに晒してはいけないものだったはずだ。だからこそ、私は徹底してそれを隠そうと努力していたのだ。
 露わにされたものを認めた私の顔は血の気を失い、ひどく引き攣っている。
 その顔はまるで笑っているようにも見えるが、泣き出しそうでもあった。
「随分動揺するのですね。あなたは全てを隠しきったつもりでいたようですが、私にはお見通しでしたよ。自分を過信することは時に命取りにもなるものです」
 片眼鏡の男が全くぶれることがないレンズ越しに私の目を見つめる。その一方、円の中に映る私の瞳孔はがたがたと揺らいでいる。
「何故だ……一体何故なんだ。お願いだから見ないでくれ……」
 額や背中に汗が滲み始める。その声もまた瞳孔と同じく情けないほどに揺らいでいた。
 レヴラスはそんな私へ追い打ちをかけるように笑った。
「『見るな』ですか……あなたは随分嘘つきなのですね。そこまで徹底して隠していれば却ってそこに疾しいものの存在が立ち上がってくるものです。それに、私が衣服を剥ごうとした時にあなたは抵抗しませんでした。私からすればまるで『見てくれ』と言っているように見えますが。違いますか?」
「違う。それは違う! 私はこんな醜いものを他人に見てほしいだなんて思ったことはない…………」
 私の声は震え、今にも泣き出しそうだ。
 何度も首を横に振る拍子に、耳に引っ掛けていた前髪が落ちて目の上に暗く覆いかぶさっていく。
 私は前髪をかき上げて再びレヴラスに視線をやった。
 彼はわざとらしいほどに私と目を合わせながら、にやにやと笑う。
「そうですか。見てほしくなかったのですね。仮にあなたが抵抗したとしても、それはそれで疾しいものの存在は確かなものになったでしょう。服を全部脱がせて全身を見るようなことをしなくても、右腕と首だけを見ればもう十分です。おそらく左も右と同じくらい惨い状態なのでしょう。首がこの有様なら髪も満足に切れませんし、スカーフも手離せないでしょうね」
 レヴラスは私の左手のローブとシャツの袖を捲り上げ、その下に巻かれた包帯を抉るように撫で回す。
 男の指が布越しに左腕を撫でるたび神経が疼くような痛みが走り、涙が滲んだ。
「……これ以上私に触らないでほしい。いくらギルド長とはいえ気分が悪くて仕方ないんだ。やめてくれ……」
 私は吐き気を堪えながら懇願する。今や汗は太股にまで滲み、さらなる不快感を生んでいた。
 そんな私を前に、ギルド長はけらけらと笑い始めた。
「気分が悪いですって? どの口が言うのですか。赤い蛆虫に集られたような身体で平然と教壇に立つような人間に言われたくありませんね。痛いのでしょう?素直にそういえばどうですか。ああ、このシャツも何度か血で汚れたのでしょうね。生地がやや毛羽立っている辺り、あなたは血を落とそうと必死で擦ったのでしょうが、虚しい努力だったと。こんな風に汚すのですから、暗い色の衣服しか着られませんよね。ましてや白なんて……」
 ――黙れ。お願いだからもう黙ってくれ。
 私は心の内で叫んだ。
 ことごとく、この男の物言いは嫌味ったらしい。それに加えて馬鹿に丁寧な喋り方をするのでますます鼻につくのだろう。
 私はもううんざりしていたが、男はまだまだ喋り続ける。
「それにしても、自分の身体を『こんなもの』扱いするとは何事でしょうか。前から薄々と感付いていましたが、こんな『儀式』にあなたはまた逃げ込んでいたのですか。こんなことを繰り返しても甲斐がないことが分からないほど、あなたは頭が悪くないはずです。もし、こんな風に肌を彫るのが亡き者への弔いのつもりだとでも言うのなら愚かでしかないと私は思います」
 ――私は分かっている。分かり切っている。自分の繰り返している「儀式」が所詮は代償行為であり、何も生まないことを。
 だが、それ以外にどうすることもできないのだ。ギルド長の言う通り私はそこから「動けなく」なっている。
 私は何も言えず、首を横に振った。
「行為の理由は聞く必要もありませんね。あなたがそこまで妹のことを後悔するのは、ひとえにこの世とあの世の間に横たわる境界が行き来不可能なものだからでしょうか。もし、あの世の者をこの世へ引きずり戻す手段があったとすれば、あなたの悩みは晴れるのでしょうか」
 不意に、レヴラスは尋ねた。
「それは一体どういうことなんだ……? まさか、あなたは……」
 私は目を見開き、その片眼鏡のレンズを見つめた。
「あなたも『死霊術』というものをご存じのはずです。何の根拠もなく死霊術を禁術だと糾弾する者が大半ですが、私は死霊術をこの世とあの世の橋渡しとして可能性に満ちた学問だと考えています。この世とあの世の境界が悲しみや絶望を生むのなら、そんなものは壊してしまえばいいのです。もし死霊術によってあなたの妹を蘇生させることに成功したとすれば、私は死霊術の分野に大きく貢献することになりますし、あなたはこの世での妹との生活をやり直す機会を得ることになります。これほど素晴らしいことがありましょうか」
 レヴラスは何の感情もこもらない目で淡々と喋り続けるが、その内容にはとても納得がいかなかった。
「……私はそんなこと、認められない。此岸と彼岸の境界線を侵すことなど許されるわけがない。大体、あなたは知っているはずだ。死霊術による蘇生に失敗した死者たちがどのような末路を辿るか……」
 私は思わず、声を上ずらせた。
 レヴラスの片眼鏡が鋭い光を放ち、その向こうで光る緑色の目が私を突き刺すように見つめる。
 二重に重なるその円は相変わらずぶれることがない。
「あなたの言う通り、確かに死者の蘇生に失敗した場合は不完全な姿のまま蘇生してしまったり、自我を失ったまま生きる屍と化してしまったり……ひどい場合は異形と化してしまう例もあるといいます。ですが、そうした失敗があってこそあらゆる技術は発展していくものではありませんか。死霊術に限らず、ありとあらゆる技術は無数の失敗や犠牲のもとに成り立っているものです。私は、哀れなあなたを助けたいと思って申し出ているのですよ?」
「確かにそれは一理ある。だからといって、私はあなたにグレース……私の妹を捧げる気はない。捧げられない」
 ぐらつく目で首を横に振り続ける私を一瞥すると、レヴラスは暫く考え込むかのように指を唇の下にやり、不意に口元を歪ませた。
「……そうですか。それがあなたの答えですか。とても残念です。いいでしょう。あなたが拒絶しても、他の死者を献体にすればいいだけなのですから。他に良い献体が見つかればあなたは必要ないのです。それにしても……自分の妹の死だけを美化して、いつまでも自分だけの時間に逃げ込むのがあなたの愛ですか。あなたは本当に自分勝手で、そしてさみしい男なのですね。本当に、本当に哀れです」
 その言葉は、私を深く抉る。目の前の円に映る自分がぐらぐらと揺らいで大きく歪む。
「……黙れ。あなたは人の感情を一体何だと思っている…………そんな風に敢えて人の心を抉る言葉を口にして煽るのが楽しいか。あなたに私の何が解る。いや、解られて堪るものか」
 声を荒げると共に、鬱積し続けていた感情が両目から噴き出し始める。
 取り乱す私を目にしても、レヴラスは相変わらず口元に笑みを浮かべたままであった。
「ええ、そうですね。私にはあなたの感情なんて理解できません。そもそも理解などしたくありませんし、する気もありません。私からすればあなたは『病気』も同然です。あなたは分かっているはずです。その身体を醜いと言うのならそんなことをやめればいいだけだと。それでもその愚かな儀式にしがみ付くのは、儀式を『止めない』のではなく『止めたくても止められない』のでしょう。そんなあなたをとても厄介な病気であると言えないのなら、一体何であると言えばいいのでしょうね?」
 レヴラスは再び椅子に腰を下ろし、くすくすと笑い続ける。
 私が何年にもわたって積み重ねてきた、亡き妹に対する思いは愛ですらない。ただ醜い形に膨れ上がった自己愛でしかない。
 歪んだ自己愛によって失われた精神の均衡を何とか取り戻そうと、私はギルド長の言う「愚かな儀式」に頼っているにすぎない。だからこそ、私は苦悩しているが、それさえも醜い自己愛の産物にすぎない。
「確か、あなたの妹は気が触れていたのでしたね。絵の才能に恵まれず周囲を恨んで、周囲の人間に忌み嫌われて……お労しい最期だったと聞きます。やはり、あなたもそんな妹のことが疎ましかったのでしょう? 本心ではあなたは妹が死んで清々したのではないでしょうか。あなたの妹への愛なんてその程度だったのですよ。実の兄にまで疎まれるような娘を蘇生しても、ただ可哀相なだけです。誰からも理解されず、全てを恨みながら死んでいって……あの娘は一体何のために生まれてきたのでしょうね?」
 レヴラスの言葉はさらに私を打ちのめす。彼が触れたのは、私にとって自分の傷よりずっと触れられたくない領域だった。
 そのうち、私はこれまで自分を押しとどめていた最後の杭が外れると共に自身の内と外がどろどろとした液体で満ち溢れていくような心地がした。
 一度湧き上がった塩水は溢れるばかりで仕様がない。私はただ、歯が砕けるのではないかというほどに歯ぎしりをすることしかできなかった。
 そんな私へ、レヴラスはため息をつきながら尋ねた。
「……随分と私を睨むのですね。反論の仕様がなくて悔しいのですか? それこそ血の涙を流すほどに……」
 と。
 レヴラスの片眼鏡に映るのは、文字通り「血涙」を流す私の顔だった。
 視線を落とすと、私の足元ではどす黒い血の海が蛆のように蠢いている。目からだけでなく両手からも無数の赤い蟲が這い出ては落ちていく。
 どうやら、私は幻覚を見るほどに気が触れてしまったらしい。
 ギルド長の言う通り、私の抱え込んだ感情は「病気」の領域だろう。あるいは、敢えて別の言葉を使うとすれば「呪い」だ。
 その時だった。私が一つの結論に辿り着いたのは。
 私は涙を拭い、首を横に振った。
「違う。呪わしいんだ……自分自身を含めた何もかもが呪わしくて仕方ない。あなたは私をこんな風に煽れば首を縦に振ると思ったのだろうな。あなたがあくまで死霊術の研究を止める気がないことは分かった。おかげで一つの答えに辿り着いたよ」
「何ですか?負け惜しみでも言うつもりでしょうか。それなら聞きたくありませんね」
 レヴラスは私を一瞥すると、わざとらしく欠伸をして見せた。
 それがおかしく、私は思わず引き攣った笑みを浮かべる。
「先程、あなたは『他の死者を献体にすればいい』と言ったな。それなら、私を犠牲にすればいい。それで、何の価値ももたない私があなたへ貢献できるのなら、幸いなことこの上ない」
 喉から絞り出されたその声は、私自身も驚くほど落ち着いていた。
 そんな私の言葉に、レヴラスは目を見開いた。
 それは、これまでぶれることのなかった彼の片眼鏡の向こうが初めて僅かに揺らぐ瞬間でもあった。
「……気でも狂いましたか。自分が何を言っているのか分かっているのですか?」
「勿論だ。どうせ生きていても持て余し続けるだけの身体なんだ。切り刻むなり、焼くなり、薬漬けにするなり、あなたの好きなようにすればいい。不必要になったらうち捨てても構わない。私は自ら命を絶つ。あなたは自ら献体と化した私の死を賛美する。それが私とあなたの等価交換だ。その代わり、その汚い手で私の妹に触るな。妹には指一本触れさせない」
 この時、私は敢えて「汚い」という言葉を口にした。
 それが、レヴラスの毛嫌いする言葉だったからだ。
「……今、あなたは何と言いましたか、私の手が『汚い』ですって? もう一度言ってみなさい…………言ってみなさいと言っているのですよ」
 レヴラスはわなわなと身体を震わせ、怒りを露わにし始める。
 私は再び場違いな笑みを浮かべ、男の手を指差しながら呟いた。
「汚い手だ」
 と。
 その時、小気味のいい音と共に頬が鋭く痛んだ。
 レヴラスが私の頬を思いきりぶったのだ。
「汚い? いくら切っても伸びる爪を丹念に切って、傷がつかないよう手入れをしたこの手が汚いですって? …………クソが。お前は人を怒らせることを言って楽しいか? 生きたまま実験材料にしてやろうか? 麻酔なしで切り開いた尻の穴に塩を詰めてやろうか? このカタツムリ野郎……」
 レヴラスはこれまでの慇懃な言葉遣いを崩し、憎悪に満ちた目で私の胸倉を掴んだ。
「レヴラス、あなたにも言われたくない言葉があるのだと分かって安心したよ。最後に忠告するとすれば、あなたの言葉に最後の砦を壊される者もいるのだと言うに留めておこう。せいぜい人の心を無闇に弄ぶのは止めることだ。私などの言葉であなたが変わるなど無理だろうがな」
 男の豹変があまりに面白おかしく、再び涙がこぼれた。
「いけません。うっかり下品な言葉を使ってしまいましたね……おい、一体何を笑っているんだ? そんなにおかしいか? そんなに死にたいか?」
 レヴラスの手が私の首にかけられ、喉をぎりぎりと締め上げる。
 彼の片眼鏡には、半開きの口から涎をこぼす私の顔が映っていた。
 どれだけの間首を絞められていたのか。不意に喉を締め上げる手が緩められる。
「…………みっともない顔ですね。本当に殺すと思いましたか? この部屋で糞尿を漏らされたくありませんからね。それに、自分から死にたがっているような人間を殺しても意味はありません」
 私はくらくらする頭を振り、レヴラスの目を見据えた。
「……いいでしょう、もう勝手にしてください。死にたければ死ねばいいのです。あなたには生きている価値もありません。もう死んでも構いません。死んでください」
 レヴラスは私から視線を逸らし、吐き捨てるように呟いた。
 ――――生きている価値がない。もう死んでも構わない。
 私の耳に入ってきた言葉はただそれだけだった。
 やっぱり、私はそうだったのだ。
「ふふ、そうか。あなたから直々に死ねと言われたならそれに従おう。私の申し出に同意してくれて嬉しいよ。では、これでお別れだ。親愛なる、呪われたギルド長」
 私はレヴラスを一瞥すると、部屋を後にした。
 その時の私は笑ってこそいたが、両目からは涙が止めどなくこぼれ落ち続けていた。
 
 
 私はギルド長の片眼鏡を椅子の上に置くと、床にへたり込んだ。
 骨ばった右手を左胸に当てる。その胸には鼓動がない。
 そうか、そういうことだったのだ。
 あの口論があった後のことだろう。私が死んだのは。
 私は自分がどんな手段をもって死んだのか全く覚えていない。
 レヴラスも、私が死ぬ瞬間を見ていないのだろう。この片眼鏡はその点については何も教えてくれなかったのだから。
 今、黒い椅子の上に置かれた眼鏡に映る私の顔は血まみれの包帯でぐるぐる巻きにされている。
 私は包帯に手をかけ、ゆっくりと解き始めた。
 一体どれだけの長さなのだろうか。包帯は一向に解き終わる気配がない。
 私はこんなにも自分の顔を見たくなかったのだろうか。
 やっと全ての包帯を解き終わった時には、足元に汚れた包帯の山が出来上がっていた。
 ――たかが頭を一つ覆うだけでこんな量の包帯が必要になるとは思えない。これではまるで、頭を包帯で覆うというよりは包帯で頭の形を作っていたかのようだ。
 私は震えを堪え、恐る恐る片眼鏡のレンズに目をやる。
 その時、私は久しぶりに見る自分の顔を前に驚かずにはいられなかった。
 私の顔は、下顎から上が失われていた。砕けた頭蓋骨からは眼球も脳髄も全てこぼれ落ちてしまったらしい。
 私の頭に残るのは、血の混じる唾液に覆われてグロテスクに光る舌と数本の歯、それから、後頭部に残る長い髪だけだった。
 それが、私の本当の姿だった。
 ギルド長の片眼鏡が最後に教えてくれたのは、私が自ら頭を砕いて死んだことだった。
 
 
 空は相変わらず一面青い。
 そして、街はたくさんの人が行き交っている。
 それはいつもと変わらない風景だった。いつもと変わらないはずだ。ただ、人々が誰一人として顔をもたないこと、影をもたないことを除いては。
 そんな街中を、私はただ一人足を引きずりながら歩いた。
 どこに行っても顔のない人間ばかりだ。この街に顔のある人間はいない。
 本来両目があるべき場所からも、喉の奥からも、段々と熱いものが込み上げる。
 私はそれを押しとどめることができず、地面へと吐き出した。
 びちゃびちゃと音を立てて落ちる吐瀉物は、まるで赤いベリージャムのようだ。
 先程も同じ色の嘔吐をしたばかりだというのに。これで一体何度目なのか。
 嘔吐が終わると、私は再び歩き出した。
 歩く度、私は地面に赤い花を咲かせる。顔のない人たちはそんな私を褒め称えるかのように笑う。
 今や、私は壊れた頭から止めどなく血を吐き続けているというのに全く痛みを感じない。
 私はもう既に目玉を失っているはずだというのに、視力を失うどころか鮮明すぎるほどにこの世界を視ることができる。
 私はその理由を今まで理解することがなかった。少し考えればすぐ解ることなのに。
 おそらく、私は認めたくなかったのだ。自分が既に「死者」となっていることを。
 私は忘れたかったのだ。自ら死を選んだことを。
 後ろを見渡すと、街は文字通り「赤い花」で埋め尽くされていた。
 その花は血飛沫のように広がる花弁と花糸をもち、花のついた茎だけが地面から伸びている。
 マンジュシャゲ――そう呼ばれるこの花は「悲しい思い出」という意味をもち、その他には「再会」や「諦め」などという言葉も背負わされている。
 そうだ。私の暮らし続けた「水と芸術の街」という異名をもつ街は妹を失った私にとって悲しい思い出ばかりで構成された場所でしかなかった。
 あの男――レヴラスは私へ「死霊術」という名の、此岸で妹との再会を果たすための道しるべを指し示した。
 それが私を彼岸へ導くことになってしまったなんて何とも皮肉な話だ。
 そもそも、私は此岸の存在と彼岸の存在が入り混じる世界を認められない。もっと言えば、此岸の存在が彼岸の存在を引きずり下ろす行為を認められないのだ。
 此岸と彼岸は境界を決められていなければならない。此岸の存在と彼岸の存在が入り混じることなどあってはならないはずだ。マンジュシャゲの花が、決して葉と共に咲かないように。
 だからこそ、私は生きて妹と再会したいという願いを諦めていたし、かけがえのない存在の喪失を悲しんだ。
 そして、私は最後まで心に開いた穴と向き合う方法が分からなかった。
 こんな私の生き方は決して正しかっただなんて言えない。
 何にせよ、此岸の人間ですらなくなった私は魂を救われることもなく、花たちと共に尽きる運命なのだろう。
 それでいい。それでいいのだ。
 例え幻だったとしても、私は最期に妹と言葉を交わすことができたのだから、これ以上求めることなんて何もない。
 この魂が擦り切れるその時まで、私は無意味に青い空を仰ぎながらこの街を赤く染めよう。
 覚悟と共に前を見据えると、花に埋め尽くされた地と虚ろな青空の間で、地平線が赤と青のそれぞれを色鮮やかに引き立てていた。

 *おしまい*
 


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