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資源ゴミ置き場

あまり健全ではない文章を置いていく場所だと思います。

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グレーテルの人体錬成にっき3

 (まえがきのような何か)
 この文章はこちらの続きになっています。書き手は今回も紫をまとう骨さん。
 とりあえず人体錬成パートはここでおしまいです。
 
 
 ×月○日
 昨日の夜は紫のお兄ちゃんからもらったお人形の材料を鍋に入れてお人形を作りました。
 お兄ちゃんが入った鍋には、材料と一緒にもらっていた長い髪の毛を混ぜました。
 きれいな色なので少しだけ取っておきたかったのですが、お兄ちゃんを髪が伸びるお人形にしちゃえばいいんだと全部入れてしまいました。
 ……その次の朝、鍋から出てきたのはわたしより背が低い男の子でした。
 お兄ちゃんなら、わたしより背が高くなくちゃいけないはずです。
 でも、目の前にいる男の子は確かに紫のお兄ちゃんで、わたしは「紫のお兄ちゃんのお人形を作ること」については成功したのです。
 子供だったはずのオミン(この子は自分の過去について何も喋ってくれないのだけど)がわたしよりずっと背の高いお兄ちゃんのお人形になって、わたしと同じような歳だった紫のお兄ちゃんが男の子のお人形になって……お人形作りはなかなか思い通りにはいきません。
 これは当たり前なのだけど。鍋から出てきたばかりのお兄ちゃんは何も服を着ていなかったので、間に合わせにわたしのブラウスとローブを着せました。お兄ちゃんの服を買いに行かなくちゃ。
 お兄ちゃんは今、私のベッドの上で布のお人形に戻って寝ています。
 そういえば、男の人のブラウスと女の人のブラウスはボタンが左右で違うと聞いたことがありました。
 わたしは死体になってからなのか、ずっと前だったのかもしれないけれど右と左がよく分かりません。
 わたしの腕は、骨だけの方が右……じゃなくて左で。呪文を彫った方が右。
 前に行った喫茶店ではお店の人に「右と左の見分け方を教えてほしい」と言ってみたら「スプーンを持つ方が右だ」と言われました。
 でも、わたしは右でも左でもスプーンが持てるのです。スプーンを持つ時は骨になった方の手が使いやすいけれど、呪文を彫った手の方でも別に困りません。
 違う方法を聞きたかったのだけど、お店の人には「意味が分からない」と言われてしまったので喋るのはやめました。
 あと、あの喫茶店は煙草を吸う人の煙が流れてきてトマトスープがまずくなったのでもう行くのはやめます。
 食事をしながら煙草を吸う人って何を考えているのか。全然わかりません。
 わたしは煙草の煙が嫌いなのです。煙草を吸う人もあまり好きじゃありません。
 ……この文章を書きながら考えごとをしていたら段々頭が痛くなってきました。
 どうして死体なのに頭が痛くなるのでしょうか。ナイフで右手に呪文を彫っても痛くないのに頭痛だけはひどいので嫌いです。
 薬を飲んでも頭痛が止まらないので、文章を書くのはやめて寝ることにします。
 死体にも効く頭痛の薬があれば、欲しいです。
 
 
 ×月×日
 今、この文章はルミエストからずっと遠く西にある街の横に建てた倉庫で書いています。
 この街、ダルフィはルミエストと比べてとてもくさいです。
 酔っ払っいが吐いたもののにおいや、娼婦のお姉ちゃんが付けた香水のにおいや、焼けた爆弾のにおいが混じったような、あまりいいにおいとは言えません。
 どうしてなのかしらと思ったら、この街には掃除屋さんがいないのね。
 ルミエストって下水道があったり掃除屋さんがいたりするから、嫌なにおいがあまりしないのだと気付きました。
 今日は何だかくしゃみが止まりません。きっと、昼にすれ違った娼婦のお姉ちゃんが付けていた香水のにおいが原因です。
 すぐ近くでにおいを嗅いだ時は、頭がくらくらして咳き込んでしまいました。
 どうして、この街のお姉ちゃんたちは何種類もの香水をたくさん付けるのでしょうか。色々な香りが混ざりすぎていいにおいじゃないのに。わかりません。
 ……ずっとくしゃみをし続けていたら鼻血が出てきました。
 そうするうちに、血が喉に流れてきたので咳き込んだら血を吐いてしまいました。鼻血のせいだと分かっていても、口から血を吐くのは少し嫌です。
 寝袋が汚れてしまうので、血が止まるまでまだ眠れません。
 それから、いい加減寝袋で寝るのも疲れたので、明日はおうちに帰ろうと思います。
 紫のお兄ちゃんは強力なウタの魔法を使うので、お留守番してもらっています。
 今のおうちには、メイドのゴルノックさんと援軍の巻物を呼んだら空から降ってきたマッドサイエンティストさんと、あとは突然家に棲みつき始めた"妹"も何人かいるから寂しくないよね?
 いつの間にか、わたしのおうちも賑やかになっていました。
 おうちにいる"妹"のうち一人は、お兄ちゃんのお人形と似た綺麗な紫色だったのでオミンや妖精さんと一緒に連れてきました。
 髪もそうだけど、肌の色も紫色なのです。この子のことはとりあえず"キナ"と呼ぶことにしました。
 この子は自分の名前を"キラナ"と言っていたけれど、呼びにくかったので。
 それから、わたしの家にいる"妹"のうち一人は、私がお兄ちゃんのお人形を作った後に自分から硫酸を飲んで溶けてしまいました。
 妹が溶けてしまったのは拾った絵本を置いている部屋だったので、絵本の表紙が溶けた妹で汚れて大変でした。
 あの妹は、そんなにお人形のお兄ちゃんが嫌いだったのでしょうか。
 わたしはお兄ちゃんが好きだけど、お兄ちゃんのことが嫌いな妹もいるはずです。
 死体になる前のわたしにいたお兄ちゃんが死なずに生きていたら、わたしはお兄ちゃんを好きになっていたでしょうか。
 もしかしたらお兄ちゃんを嫌いになっていたかもしれません。
 ……そうだ。違う。それは違う。わたしはお兄ちゃんのことが好きじゃない。
 きっとわたしは"お兄ちゃん"になる前に死んでしまったお兄ちゃんのことが嫌いで仕方なかったのだと思います。でも、お兄ちゃんのことが好きになりたかったのも間違いないのでしょう。
 小さい頃、お兄ちゃんとお母さんが死んでしまったから、確かわたしはお父さんに少しでも好かれようと自分の髪をハサミで切ったり男の子の服を着たがったりとお兄ちゃんの真似をしようとしていたのでした。
 お父さんはわたしを嫌っていたけれど、お兄ちゃんの真似をしていたらお兄ちゃんの霊が取りついたと不気味がって叩いてきませんでした。
 どうやら、お父さんはわたしより死んでしまったお兄ちゃんのことがずっと大好きだったみたいです。
 でも、お兄ちゃんの真似をするため女の子が好きなお人形遊びを嫌がってみたり、家にたくさんあった神さまの難しい本を全部覚えてみたりしても、わたしはお兄ちゃんにはなれませんでした。
 死んでしまったお兄ちゃんになり代わるように生まれたわたしは、きっと"不吉な魔女の子"でしかなかったのです。
 ……話が逸れちゃった。こんなこと、今まで忘れていたはずなのにいつの間にかこのノートに書いているのだからとても不気味です。
 おうちの話に戻ります。
 おうちに帰っても、今の私は"罪人"なのでパルミアやルミエストに入るとガードの人に追いかけられてしまいます。だから、街には入りません。どうせお買い物もできなさそうだし。
 罪人になるのはこれで二回目だけど、わたしはそれでもお兄ちゃんのお人形が欲しかったのです。だから、後悔はしません。
 生きたお人形はこれ以上いらないので多分もう作らないと思います。
 オミンを作ってみてわかったけれど、生きたお人形は生きているのでたくさんの食べ物や血を欲しがります。だから二人いればそれでいいな、と紫のお兄ちゃんを作ったら満足したのです。
 でも、食べ物も血も欲しがらない、動かないお人形ならまた作りたくなるかもしれません。作りたくなると思います。
 あと、ようやく鼻血が止まったのでやっと眠れます。
 
 
 ×月▽日
 今日は久しぶりにおうちにかえってきました。やっぱりしあわせのベッドはとても寝心地がいいです。
 鏡を見ると、前髪がまた伸びていたので切りました。今回はただ無造作に切るだけじゃなくて髪の先をハサミで整えるように切ってみました。
 右目の方はどうせ見えないのでそんなに前髪を切る必要もないのかなと思うのですが、やっぱり変なので左と同じように切りました。
 髪の毛は、やっぱり髪を切るためのハサミで切るのが一番いいです。前は紙を切るためのハサミを使っていたから上手く行かなかったのです。
 ダルフィではひたすら依頼をこなして、冒険者の骨を埋めて……をずっと繰り返していたのでとても疲れました。
 街に入れるようになったので、久しぶりにパルミアで依頼を受けてみました。
 そうしたら、墓を持ってきてほしいなんて言っている人を見かけたのでびっくりしました。
 墓を持ってきてほしいという依頼を出してくる人は一体何を考えているのでしょうか。そんなに墓に埋まりたい思いをしたのでしょうか。
 墓は、一度埋まると出たくなっても出られないので大変です。それでわたしは両手の爪が剥がれちゃったから。
 それから、お腹が空いて何かを食べたくて食べたくて仕方なかったから自分の片腕を食べてしまったのです。片腕のお肉は……腐っていてとてもひどい味でした。
 この土地、ノースティリスにはいろいろな食べ物があります。どんな不味いものでも自分の腕よりはましなので呪われてさえなければ食べようと思えば食べられるのです。
 墓の中からやっと出られた時に食べた、腐ったトマト(墓石にぶつけられて潰れていた)だってとても美味しかったから。
 とにかく、食べたくても食べられなくて、光が欲しくても光は全く入ってこなくて、動きたくても動けない。そんなところに入りたいなんて、動かない死体になってから言えばいいと思います。
 それから、今日あったことといえば。家にやってきた冒険者さんがレイチェルの絵本を持っていたので交換してもらいました。
 今まで保管していたあの絵本、レイチェルの絵本っていうのね。あれはルミエストにいる本物のお兄ちゃんに届けるものだけど、前に溶けた妹で汚れたことは黙っておくことにします。
 レイチェルの絵本はあのお兄ちゃんの死んでしまった妹が好きだったらしいですが、わたしにはあまり意味が分からなかったので残念です。
 レイチェルって一体どんな人だったのでしょうか。確かに絵はとてもきれいなので天才とか言われる人だったのかしら。
 紫のお兄ちゃん(本物の方ね)は自分の妹を"身体を壊すほど絵の勉強をしていた"と言っていましたが、紫のお兄ちゃんの妹は、レイチェルになりたかったのでしょうか。
 レイチェルはレイチェルで、紫のお兄ちゃんの妹(名前は知らないけど)は紫のお兄ちゃんの妹でしかないのに、馬鹿げた話です。
 成り代わるといえば、そうだ。昨日も書いた話だったけれど、死体になる前のわたしは死んでしまったお兄ちゃんの真似をしてお父さんに好かれようとしていたのでした。
 今思えばとても滑稽で……滑稽で滑稽で滑稽で仕方ない話です。
 自分でない誰かになり代わろうとしても、決してなり代わることはできない。どうしてそんなことがわからなかったのでしょう。
 いくら自分が女であることを拒んでも、髪を短くしてもお人形遊びをやめても"妹"が"兄"になることなんてできません。
 あの頃のわたしはお兄ちゃんを失って、そのお兄ちゃんの"妹"である自分まで失ってしまったのです。
 紫のお兄ちゃんの妹も、レイチェルになり代わろうとして自分を失ってしまったのでしょうか。そんなこと、わたしにはわかりません。わかりようがありません。
 どうしても知りたかったら、紫のお兄ちゃんの妹がいる墓を掘って起こしてくるしかないでしょう。
 でも、ずっと寝ているせいで肌が腐って変な色になっていたり、髪が抜けていたり、裸の骨になったりしているところなんて、他人に見られたくないと思うので会いに行こうとは思いません。
 わたしだって、つくりものの片目が外れていたり、身体中に包帯を巻き忘れていたりしている時は他人と会いたくないんだもの。
 ……今までこの文章を書いていたら気付きました。
 もしかすると、わたしは紫のお兄ちゃんのお人形を作ってお人形のお兄ちゃんの"妹"に成り替わりたかったのかもしれません。
 本物の紫のお兄ちゃんの妹は一人だけです。だからこそ、紫のお兄ちゃんは妹のことを忘れられないのでしょう。
 わたしはそんな"妹"を求める心をもつ紫のお兄ちゃんからお人形を作れば、わたしを"妹"と見て兄妹ごっこをしてくれるお人形ができると思ったのかもしれません。
 ……お人形のお兄ちゃんがまたお腹を破いてしまったみたいです。オミンは最初から安定してきたけれど、お兄ちゃんは不安定なのか自分の身体をちぎったり破いたりしてワタを出してしまいます。
 このままじゃお腹にたくさん詰めてあるワタまで引っ張り出しちゃうから縫ってあげなくちゃ。
 こんなことがないように、ちゃんと痛覚を付けてあげよう。
 お人形のお兄ちゃんは決してわたしを妹として見てくれるわけじゃありません。
 それでも、わたしはお人形のお兄ちゃんを手離しません。
 絶対に、絶対に離しません。
 
 *おしまい*
 
 

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