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資源ゴミ置き場

あまり健全ではない文章を置いていく場所だと思います。

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無力な道化師と白兎と。(再構築ver)

 
 (警告のようなもの)
 この文章はpixivの方に置いていた、ゆめにっき派生作品Lost†Gameのネタバレを含むのでゲーム中の文字イベントとエンディングを見てからの閲覧を強くお勧めします。
 それから、かなり歪曲した考察を行っているので話半分以下に読んでいただけたら幸いです。
 ちなみに‘contribution’とは「投稿」という意味です。

 (2014年10月11日追記)
 一部加筆や修正をしました。

 

 
 
 <contribution:1>「今日も無気力に生きていた。いつまでこんな日々が続くのだろう…。」
 <contribution:2>「私は生きてる価値なんてないんだ。早く消えたい」
 <contribution:3>「愛してほしい人に愛されない。愛される資格なんてない。いっそ殺してほしい。」
 目の前の画面には、顔が見えぬ人間たちによって書かれた苦悩を吐露する文章がいくつも並んでいる。
 そこは死を望む者たちが集う掲示板だ。
 わたしは、今日もその場所へアクセスしていた。
 画面を眺めながら考える。自分は何故生きているのだろう。
 いつからか、わたしはそれが分からなくなっていた。
 とはいえ、別に何かに挫折したわけじゃない。生きる意味を見失う理由たりうる大きな出来事なんて特に思いつかない。
 ただ、いつの間にか人生の意味が分からなくなっていた。それだけのことだ。
 そんな風に漫然と過ごす中、ある日ぼんやりとネットサーフィンをしていた時にわたしはこの掲示板に辿り着いていた。
 そして、いつの間にかそこにアクセスする事が日課となっていた。
 ここの人ならわたしの気持ちを理解してくれるだろうか。そんな思いがあることは否定しない。
 わたしはそこに書きこむ勇気がなく、ただ掲示板の書き込みを見ているだけだ。ここの人たちは皆、何かに苦悩している。それを見ていると何故だか妙な安心感を覚えた。
 ふと、部屋の壁に掛けてある時計を見ると既に丑三つ時になっていた。明日も学校だ。眠らなくてはいけない。
 パソコンの電源を切り、部屋の明かりを消すと、わたしはベッドに潜り込んだ。
 
「おやすみなさい」
 
 朝になり、わたしは目覚まし時計の音で目を覚ました。今日も無意味に一日を過ごすのかと思うと億劫だ。
 それでもわたしはそれが義務であるかのように制服に着替え、学校に向かう準備を始めていた。
 洗面所に立つと歯を磨き、長い髪を梳かした。
 わたしの頭は癖毛のせいかてっぺんから短い毛が飛び跳ねている。周囲からはアホ毛と言われてしまうので昔からのコンプレックスだ。
 飛び跳ねるアホ毛をどうにかするのを諦めてダイニングキッチンに向かうと、皿にに盛ったコーンフレークに牛乳を流し込んだ。それが今日の朝食だ。
 牛乳でふやけたほのかに甘いコーンフレークを口に運んでいる間は、ほんの少しだけ憂鬱が紛れるような気がした。
 コーンフレークを食べ終わると、父が読み終えたのだろうテーブルに置かれたままの新聞に何気なく目をやった。何故新聞を読む気になったのかは分からない。
 とある家庭で幼い子供が母親からの虐待を受けて死亡した。とある中学校では中二の女子生徒がいじめを苦に飛び降り自殺した。目につくのはそんな記事ばかりだ。
 テレビを見ていてもその手のニュースを聞かない日などない。それらを見聞きする度、私はこの世の中に嫌気がさしてくる。
 わたしは考える。こんな世界で生きている意味はあるのだろうか。この世界は生きる価値があるのだろうか。
 暫く考えたところで私は新聞をテーブルに置き、憂鬱を引きずったまま玄関を出た。
 
「行ってきます」
 
 学校に着くと教室は各自グループに分かれて喋る生徒で騒がしかった。わたしはその雑音の中、自分の席へと向かった。
 だが、女子生徒が一人、わたしの席に座って他の生徒と喋っている。これでは席に座れない。
「あの……ちょっとごめん」
 わたしはおずおずと喋る女子生徒に声をかける。それなのに相手はお喋りに夢中でわたしに気付かない。
「ねえ、ごめん」
 先ほどより大きな声で女子生徒に呼びかけると、彼女はわたしを一瞥した。
 そして、これ見よがしに笑いながら言ったのだ。
 「あーあ。邪魔だって言われちゃったよ。感じが悪い」
 と。
 相手の生徒もクスクス笑っている。そして、女子生徒と共に教室を出ていった。
 わたしは「邪魔だ」なんて一言も言っていない。それなのに彼女は何故わたしの言葉から悪意を受け取ろうとするのか。分からない。
 誰だって自分が座る席を他人に占拠されていれば嫌な気分になるはずだ。こんなわたしが間違っているというのか。
 いずれにせよ、朝っぱらから新聞で嫌なニュースを読んだのも相まって非常に気分が悪い。
 わたしは机の横に鞄をかけると、机の上に突っ伏した。
 冷たい机に横たえられた頭がずきずきと脈を打つ。目を薄く開けると、前髪に遮られる視界の中で横倒しになった教室がくるくると回り始めた。
 このうるさい教室にはよく笑い声が上がる。でも、わたしは何が面白いのか全く理解できない。
 思えば、それは中学の頃からそうだった。
 あの頃の私は、まだそれなりにクラスメートの話についていこうと努力していた覚えがある。
 だけど、彼女たちはまるで花と花を行き来する蜂のように忙しく話題を変え、ころころと表情を変えるものだから、それに付いていこうとすればあまりに多くの情報を頭で処理しなければならなかった。
 わたしにそれができる明晰な頭脳があるはずもなく、少しぼうっとしているうちに話題が変わっていて見当違いの返事をするなんてことは日常茶飯事だった。
 そんなことを繰り返すうち、わたしは「空気が読めない子」やら「不思議ちゃん」やら「電波」やら、ある種不名誉な烙印を押されるのがお決まりだった。
 ある時は、そのせいで「キャラ作りのためにわざと不思議ちゃんぶっている」だとか「ぶりっこ」などと因縁を付けられることさえあった。
 そうするうち、同級生の間で空気を読み合ったり気を遣い合ったりする努力というものが虚しく思え、わたしはそれらの努力を一切やめて孤立を選ぶようになってしまったのだった。
 このクラスでもわたしは陰で「感じが悪い」とか「ノリが悪い」と言われているらしい。
 でも、興味がもてない。できないものはできない。ただそれだけのことだ。
 彼女らは何が面白くてあんなに忙しく騒いだり笑ったりするのだろうか。わたしはそもそも相手に合わせてあんなに笑う意味が理解できない。そんなわたしは異常なのだろうか。
 その後は、授業が進んでいった。わたしはただそれを大人しく聞いているだけだ。
 わたしは考える。大人に言われたことをただただ毎日繰り返すだけの日々に意味はあるのだろうか。
 もっとも、こんな日常が崩れるような大きな変化なんて軽々しく起きてほしくはないけれども。
 わたしは黒板を眺めるうち、この世界で自分一人がよるべなく浮遊しているような奇妙な感覚に襲われた。
 次第に、この目に映る景色が一枚のパノラマのように思えてくる。そんな中でわたしの存在は、パノラマに映る風景の一コマに過ぎなかった。
 そして、この自分の意識が溶けて空気と混ざっていくかのようで段々不安になってくる。
 わたしは本当に生きているのだろうか。それさえも分からなくなりそうだ。
 ――――『   』さん、『   』さん。
 不意に聞こえてきた教師の呼び掛ける声でわたしは我に返った。
 前を見据えると、銀縁の眼鏡をかけた中年の女教師が怪訝な目でわたしを見ていた。
「『   』さん。先ほどの続きを読んでください」
 わたしは教師の言う通り、両手に持つ開いたままの教科書へと目を落とす。
 そうだ。今は現代国語の授業中だ。続きってどこだろう。ぼんやりしていたので何処を読むのか分からない。
「七十ページの五行目から段落の終わりまでを読んでください」
 教師は慌てるわたしを呆れた顔で見ながら言った。
 ――クスクス。クスクス。
 教師の言うとおりに教科書に書かれた文章を読み始めると、教室の所々から笑い声が聞こえ始めた。
 また笑い声だ。彼女らは何が面白いのだろう。こんな風に笑われるわたしはまるで道化師だ。
 何故なのか眩暈がする。胸の中がもやもやしていて呼吸をするのも億劫だ。
 まるで、自分の中で何かがゆっくりと剥離していくようだ。
 だが、それが何かはその時点ではまだ分からなかった。
 
 
 学校から帰宅し、いつものように夕食と風呂を済ませたわたしはこの日もその掲示板にアクセスしていた。
 ――クスクス。クスクス。
 今も頭の中をクラスメートの笑い声が残響している。
 わたしはそれが鬱陶しくて仕方なく、歯ぎしりをした。
 わたしは笑われるために生きているわけじゃないはずだ。そんなこと、わたしは望んでなんかいない。
 わたしは人に笑われながら生きることに意味なんて見出せない。そんな生き方に興味なんて感じない。
 でも、クラスメートたちはいつでもわたしを笑い続けるのだ。
 では、わたしは何故生きているのだろう。
 誰か、わたしが生きている意味を教えてほしい。
 誰か、わたしの話を聴いてほしい。
 わたしはパソコンの画面を見ながらそう思っていた。
 そして、気が付くとわたしはその掲示板に初めて書き込みをしていた。「ジョーカー」という名前を使って。
 これは学校で頻繁に笑われる自分への皮肉を込めた名前だ。
 
 <contribution:1>「最近、自分は何故生きているのだろうと頻繁に考えてしまう。別に特別つらいことがあったわけじゃないのに、悲しくもないのに、今のまま生きている意味が感じられない。こんなわたしは異常なんだろうか。」
 
 パソコンの画面がわたしの紡ぎ出した言葉を映し出す。緊張しているせいか、マウスを握る右手はカタカタと震えている。
 そこで、突然わたしは自分の言葉に疑問を抱いた。
 わたしは本当に今をつらいと思っていないのだろうか。悲しいと思っていないのだろうか。
 掲示板に新たな書き込みがされたのはそれから五分ほど経ってからのことだった。
 
 <contribution:2>「>ジョーカーさん 異常ではないと思います。ジョーカーさん自身が気付いていない、何かつらいことがあるんじゃないでしょうか。」
 
 その書き込みを見た瞬間、わたしは心臓を鈍器で殴られるような衝撃を覚えた。
 やはり、わたしは自分でも気付いていないつらさを持っているのではないか。
 ただ、それに気付きたくなくて無視し続けていただけなのではないだろうか。
 そんなことを考えるうち、涙が出た。
 この掲示板の人たちはとても優しい。わたしを見ても笑わない。
 何より、自分と同じような気持ちの人間がいる。そして、わたし自身ですら気付いていない気持ちを汲み取ってくれる。
 そのことに、わたしは今まで味わったことのないような安心を覚えたのだった。
 
 
 それからのわたしは、頻繁に例の掲示板への書き込みをするようになっていった。
 わたしは自分の中で曖昧に浮遊する鬱屈とした気持ちを刻みつけるように言葉を紡いだ。
 それを何度も何度も繰り返すうち、わたしがずっと感じ続けていた何かが剥離していく感覚の正体がはっきりとしてきた。
 わたしは、今や生きることに対して完全に興味をなくしていた。
 わたしの中で剥離し続けていたのは、生きることに対する希望だった。
 それを自覚した時、わたしは自分が絶望しきっていることを再確認させられることとなった。
 この世界は嫌なことばかりで楽しいことなど何もない。そんな場所は生きるに値しない。
 この頃のわたしはそんな確信を持っていた。
 わたしは何故まだ生きているのだろうか。
 もう生きているのが面倒くさくて、仕方ない。
 コンピュータの電源を切るように、この命を終わらせてしまいたい。
 学校にいても家にいてもこんな考えが頭の中をぐるぐると回り続けていた。
 断片的な記憶を巻き返す。
 教室に響くクラスメートの笑い声。まるでゲームを楽しむかのようなクラスメートの顔。そのゲームの一環のつもりか、女子トイレの洋式便所に投げ込まれたわたしの財布。
 財布を洋式便所に投げ込まれた日、水道で擦り切れるほど洗った財布を抱いて廊下を歩くわたしの目にはすべての人間が「人」の形を失った姿に見えた。
 この時のわたしは、彼女らのゲームに不本意ながら組み込まれていた。
 彼女らにとってわたしなど人として存在しないも同然だったのだ。
 そして、ゲームのターゲットになるのはわたしだけではなかった。
 わたしが財布をトイレに投げ込まれた一週間後には、わたしの財布を目の前で便器に投げ込んだ女子生徒がゲームのターゲットになっていた。
 ターゲットになった彼女は、わたしが財布を投げ込まれたのと同じ便器にわたしと同じように財布を投げ込まれた。
 ゲームの参加者はターゲットに明確な悪意を抱いていないが、それと同時に善意も抱きえない。
 あくまで面白ければ何でもいい。それ以上でもそれ以下でもない。
 ゲームの参加者は全てゲームの一コマにすぎないのだ。
 あの時のわたしは、クラスメートたちと同じように「人」の形を失ってしまった。
 それは今も変わらない。わたしは人として存在しない。
 鏡に映るアホ毛のひどいわたしは確かに人の姿をしているが、それは偽物でしかない。
 自殺を思い立った時、別に悲しいという気持ちはなかった。
 どうしてこんな簡単な答えに行き着かなかったのか。
 わざわざ面倒なことを続けるのは不合理だ。生きることが面倒くさいならもっと早く自殺を考えれば良かったのだ。
 わたしにあった思いはただそれだけだった。
 これ以上、生きることに興味をなくしたままの自分を惰性で生かし続けるのはもう嫌だった。
 わたしはこの人生という試合に負けてしまった。負け試合を続けていても意味なんてない。
 いや、そもそもわたしは試合に必要な主体である人としての自分を喪失した時点で試合をすることすらできなくなっていたのかもしれない。
 わたしは考える。それでも死を望むことは異常か。
 そんなある日だった。その「書き込み」を例の掲示板で見たのは。
 
 <Last contribution:1>「○月×日に、ここの皆さんで死にませんか。最期くらいは共にしましょう。」
 <Last contribution:2>「午後四時の○○駅前に集合して、そこから△△の樹海を目指すという形でどうでしょうか。」
 
 わたしは、迷わずその「書き込み」の内容に応じていた。
 
 <Last contribution:3>「わたしも行きます。連れて行ってください」
 
 命を絶つその日まで、わたしは学校に通い続けた。
 そして、全てをおしまいにする日はとうとうやってきたのだった。
 
 
 駅を出て空を見上げると、日が傾きかけていた。陰り始めた青空をカラスの群れが横切っている。
 この時間帯の駅は、帰宅途中の学生で賑わっている。
 学校帰りのわたしは「彼ら」を待っていた。
 学校では、どこか上の空になりながらも普通に授業を受けてきた。
 遺書を書いたところで何になるのかと家族に宛てた遺書を書く気にもなれず、学校にも今生の別れを告げるほど大事な人など特にいなかった。
 そうして、わたしは学校帰りに近くのケーキ屋へ立ち寄るような感覚でこの場所にやってきたのだ。
 死後の世界への扉なんて、ケーキ屋のドアくらい軽いものなのかもしれない。
 ――ケーキ屋に寄ったかと思えば、そこは死後の世界でした。
 クリームや果物の代わりにあなたの臓物や血でデコレートされた死体ケーキがお勧めです。今ならあなたの骨入りビスケットもセットで付いてきますよ。
 ――――ああ、なんて滑稽なのだろう。わたしの人生なんて、本当にくだらないものだったのだ。
 それにしても、本当にこの場所で合っているだろうか。「彼ら」は本当に来るのだろうか。
 もし「彼ら」が来なかったら、わたしを連れて行ってくれるのは一体誰になるのだろう。
 わたしはそんなことを考えるうち、不安を感じた。
 そうして暫く案内板の前に立っていると、紺色のセーラー服を着た黒髪の少女が歩み寄ってきた。
 少女は長い髪を二つくくりにし、長い前髪で片目を隠している。その幼げな風貌はどう見てもわたしより年下だ。
 その少女はわたしに尋ねた。
「あの。すみません。あなたがジョーカーさんですか?」
 と。
「あ。はい。そうですが……」
 わたしはかすれた声で応える。
「私は白黒です。よろしくお願いします。とは言っても今日限りなのによろしくというのも変ですが」
 その少女は頭を下げながら自分のハンドルネームを名乗った。
「あ。わ、わたしの方こそよろしくお願いします……!」
 それに対し、わたしは緊張しながら深く頭を下げた。
 そんなわたしに白黒は言った。
「今日限りなのだから、そんなに緊張しなくてもいいですよ。実は……あの書き込み、私がしたんです」
 と。
 わたしはやや驚いた。まさか集団自殺を持ちかけた人間が自分より年下の少女だとは。
「あなたは何故死ぬことを……?」
 思わず、わたしは尋ねていた。
「あなたと同じ理由だと思います。どうせ最期なんですから、死ぬ理由を話すのも無駄じゃないですか」
 わたしの問いに、白黒はにっこりと微笑みながら答えた。
 少女の穏やかなのにどこか投げやりな口調。全てを諦めたような穏やかな笑み。
 わたしはその穏やかさに途方もなく深い絶望を垣間見た。
「そうですね……」
 わたしはそれっきり黙り込んだ。
 程なくして、あの掲示板に集まる人たちが次々に集まってきた。
 紺色尽くめの服を着た少女、車椅子の青年、髪を金髪にした派手な服装の女性、喪服を着た女性……。
 集まったのは様々な人たちだった。
 この人たちは皆何かに悩み、わたしと同じ答えに辿り着いた。そして今、皆で死に場所を求めてバスに乗ろうとしている。
 いつしか新聞で見た、中学生の少女がいじめを苦に命を絶ったという記事を思い出す。
 彼女も苦しんでまで生きていることに価値を見出せなくなったのだろう。だからこそ、彼女は校舎の屋上から一人で身を投げた。
 そんな彼女と違い、同じ答えに辿り着いた者同士で集まって「生」を終わらせようとするわたしたちは臆病者だろうか。
 わたしは考える。こんなわたし、彼らは異常か。
 暫くぼんやりしていると白黒が言った。
「バスが来ましたよ。皆さん。行きましょう」
 と。
 そうして、わたしは「彼ら」とバスに乗ったのだ。
 
 
 バスが止まると、通路に並ぶ乗客たちが順にバスを降りていく。終点が近いバスに新しく乗ってくる客はもういないようだ。
 このバスの終点は樹海前だ。そこでわたしたちは命を絶つ。
「間もなく、バスが動きます。転倒しないようご注意ください」
 早口な運転手のアナウンスが車内に響く。そして、バスは動き出した。
 バスは道路を進んでいく。「終点」を目指して。
 そして、わたしは非常口の傍の席に座りながら窓の景色をぼんやりと眺めていた。
 バスの中は賑やかだ。乗客の大半がこれから死にに行くというのに。どうやら「彼ら」はそれぞれで身の上話をしているらしい。
 わたしの前に座る女性は看護婦をしていたらしい。しかし、病気で仕事を辞めて以来、家にこもりがちになって自殺を考えるようになったという。
 その隣の喪服を着た女性は唯一の肉親を事故で失い、ずっと一人で喪に服す生活を送っていたそうだ。
 聞こえてくる会話に耳を傾けながら、今までにあの掲示板で見た「彼ら」の書き込みをできる限り思い出す。
 そうすると、一つのことが分かった。
 それは「彼ら」の多くは孤独だということだ。だからこそ、一緒に最期を迎えてくれる人を求めている。
 だが、それは一緒に生きてくれる人が欲しいという願いの屈折したものに過ぎないのではないか。
 わたしには「彼ら」の願いが屈折して全く違うものへ形を変えるまでの過程を全て知ることはできない。
 ただ「彼ら」は最期を共にする人を求めるようになった。それだけが確かなことだろう。
 わたしには、そんな「彼ら」を異常者、敗北者だと思うことはできない。できそうにない。
 わたしは、もし「彼ら」と違う形で出会えたらもう少し生きていようと思えただろうか。
 もし「彼ら」が一緒に死ぬ相手でなく、一緒に生きる相手だったら違っただろうか。
 いや、今更こんなことを考えても遅いだろう。
 やはり、わたしはこの試合に負けたのだ。無力なわたしは共に生きてくれる人を求めることを、生きることを早くに諦めていた。この時点で負けは確定していたのだ。
 もうわたしは臆病者でも敗北者でも何でもいい。もう全ては手遅れなのだから。
 わたしは靴を脱いで膝を抱えると、両腕に顔を埋めた。
 それから暫くすると、わたしは不意に人の気配を感じて顔を上げた。
 すぐ隣を見ると、一人の白い少女が座っている。
 いつの間に彼女はこのバスに乗ってきたのだろうか。すぐ隣に人が座ったならいくら何でも気付くはずだ。
 白い髪、血のように赤い目。少女の容貌はまるで白兎みたいだ。
 その白兎のような少女はわたしの顔を見ると、静かに微笑んだ。少女の笑みは不気味だが、何故だか目を逸らすことができない。
 彼女は人間離れしたような美しさを持っていた。それが最も適当な表現だろう。
 その時だった。バスが下り坂で轟音を立てながら加速することに気付いたのは。
 バスが走る先にはガードレールが見える。
 加速するバスは止まらない。
 運転手が叫ぶ。乗客が悲鳴を上げる。そして、わたしは無意識に頭を庇っていた。
 バス全体に大きな衝撃が加わったかと思うと、バスが崖から落ちるというのが分かった。
 今まで体験したことのない浮遊感の中、わたしは恐怖した。
 この期に及んでわたしは死に恐怖しているのか。バスが落ちる中、わたしは妙に白けた気持ちになった。
 やがて、浮遊するバスの中での永遠にも思える時間は終わりを迎え、轟音が響いた。
 そこで、わたしの意識は途絶えた。
 
 
 
 白と黒の部屋。十二の棺。そして、その中に眠る十二の死体たち。
 わたしを追いかける、動物の被り物をした死神たち。
 どれくらいの間、この世界を彷徨っていたのだろうか。
 でも、この世界にわたしがいる必要はない。早くお別れをしなければ。
 わたしは赤い扉を開いた。
 目の前には長い廊下が続いている。その奥にもまた赤い扉だ。
 わたしはもう迷わなかった。
 
 
 
 目を覚ますと、白い天井が見えた。ここはどこだろう。
 口元には何かの器具が着けられ、そこから空気が送り込まれてくる。
 わたしは、全身に様々な管を付けられたまま白いベッドで寝かされていた。
 ――ここは病院だ。それを理解するのには時間がかかった。
 全身が痛い。だから身体を動かすことはできない。
 あの日、死に場所を求めて乗ったバスで何があったのかは分からない。
 わたしが覚えているのは、白兎の少女の微笑を見たその後にバスがガードレールに向けて加速し始めたことだけだ。
 そして、わたしがあの白と黒の部屋で見たものは全て夢だったのだろうか。
 もしかすると、あの部屋と、そこから繋がっていた世界はわたしが今生きているこの世界と冥界の境界のような場所だったのではないだろうか。
 わたしはずっとそこを彷徨っていたのだ。
 白と黒の部屋には十二の棺が置かれていた。そして、全ての棺の中では死体が眠っていた。
 棺の中の死体は皆、死に場所を求めてあの日のバスに乗った人たちだった。
 おそらく「彼ら」は完遂したのだろう。
 「白黒」と名乗る、全てに絶望しきった笑顔を見せていた少女。
 かつてはスポーツの才能を認められてその一線で活躍することを夢見ていたこと、今は長患いに苦しんでいることを語っていた車椅子の青年。
 わたしの隣に座っていた、白兎のような美しい少女。
 その他のあのバスに乗っていた人たち。
 彼らは皆、今やこの世の人間でない。
 一方のわたしは完遂できなかった。ただ一人だけ死に損なった。
 白と黒の部屋では、どんなに探しても十三基目の棺を見つけることはできなかった。
 棺の前で「白黒」を手離し、「ナース」を手離し、「喪服」を手離し……全てを手離した末にわたしの手元に残ったのは「ジョーカー」に他ならなかった。
 棺探しを諦めたわたしは、動脈と静脈を模るかのように赤と青に分かれた珍妙な衣装のままで白と黒の部屋を後にしたのだった。
 そうして、目を覚ましたわたしはこの病室にいる。
 わたしは決して十三人目になれなかった。それ以上でもそれ以下でもない。
 白いベッドへ身を委ねたまま、わたしは無力に生きている。
 ただ、それだけが事実だ。
 
 *おしまい*
 

 
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