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資源ゴミ置き場

あまり健全ではない文章を置いていく場所だと思います。

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棺桶のお話

 
 この文章は初めて書いたElonaネタのSSでした。
 ルミエストの棺桶でもしレントンが寝ていたら…というもしもシリーズなお話。
 文中の「私」さんは管理人のElonaPC(リッチピアニスト♀)です。 

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 魔術士ギルドに所属する私は今日もまた解読済みの古書物を納めに深夜のルミエストを訪れていた。
 強い雨が降るせいでいつもより街中は暗い。雨は好きだけど寒冷な気候のこの街では寒さが身体に堪える。
 そうして雨に濡れて寒さに震えながら私は魔術士ギルドにやってきたというわけだ。何も見えないわけではないが部屋の中もとても暗い。
「あーあ……本も湿気ちゃってるよ……」
 そんな事を呟きながら自分のカバンを開き、解読を終えた古書物を探す。普段から本を大量に持ち歩く私のカバンはとても重いし目的の物を探し出すのが大変だ。
 暗闇の中、解読済みの古書物を何とかカバンから見つけ出し、納入箱に放り込んだ。
 ほどなくして私は深夜だという事もあり、眠気を感じた。ここに来るまでまだ一睡もしていなかったのだ。
 普段から自前の寝具は持っているのでそれで眠ろうと思ったが、ふと部屋の隅にある赤い棺桶が目に留まった。
 以前から置いてある理由が解らなかった棺桶。寝具としても使用できるらしいがこれを一体誰が使っているのか。用途不明の棺桶を目の前に、私は妙な好奇心を感じた。
 私は種族がリッチ、すなわち不死者の類なので、そんな自分が棺桶で眠るなんてある種の自虐行為だ。そう思うと笑いがこみあげてきた。
 そうだ。死者は死者らしく棺桶で安らかに眠ってみようじゃないか。棺桶で眠るというのはどんな塩梅なのだろうか。
 私は生きていると言えば生きているが、通常の生物にあるはずの鼓動というものがない。リッチは鼓動を失った代わりに魔力によって生き永らえている。
 果たして、鼓動を持たぬ者は生きていると言えるのだろうか。棺桶の前で私はそう思案する。どうも眠気のせいで余計な事を考えてしまう。
 今は眠ろう。そう思ったのだが、棺桶の前へと歩みを進めたところで何かに躓き、棺桶に思い切り顔を打ちつけてしまった。
「痛い…!」
 思わずあまりの痛みに顔を押さえ込む。死人も同然の身体のくせに通常の生物と同じように痛みは感じるらしい。私はそんな自分の肉体の仕組みが理解できない。
 
 そんな時だった。
 私は棺桶の中からガサゴソと物音がする事に気付いた。
 まさか、わざわざ棺桶で眠る者がいるのだろうか。そうでなければミイラかリッチか不死者の類が眠っているのだろうか。
 通常、不死者はモンスターとして扱われる。そんなものをギルド内で飼っているなんてとんでもない話だ。
 特に同族でもあるリッチは強力な魔法を使用するので私にとっても恐怖の対象だ。突然の事に眠気も吹き飛んでしまっていた。
 更に棺桶の蓋がガタガタと動き始め、私は腰を抜かしたまま後ずさりする。
 もしかすると殺されるかもしれない。咄嗟にそんな最悪のシナリオが頭をよぎった。
 わざわざ遠くからやってきたのに、ここで死ぬなんて御免だ。
 ほどなくして、棺桶の蓋が音を立てて僅かに開いた。隙間から白い指が見える。
「ひぃっ……!」
 恐怖のあまり喉が詰まって上手く声が出せない。
 暗闇の中で何かが棺桶から出てこようとしている。
「誰なの……!あなたは誰なの!」 
 殆ど泣きそうになりながら私はうわ言のように相手へ問う。
 やがて、蓋が開きかけた棺桶の隙間から主の目が見えた。
 部屋が暗い上にぼさぼさの黒い髪が被さっているので分かりにくいが吸血鬼のような赤い目だ。
 蓋が半開きになった棺桶の主は私を赤い目で睨んだまま何かを言おうとしている。低い声からして相手は男のようだ。
 強い雨音のせいで何を言っているのかよく分からないが怒っている事は確かだろう。
 早く逃げないと私は殺される。
 先ほど頭をよぎった最悪のシナリオは確信に変わった。先ほど転んだ時に棺桶にぶつかり眠りを妨げた事がこの男を怒らせてしまったに違いない。
 私は咄嗟に悲鳴を上げ、殆ど這いずるように魔術士ギルドを飛び出していた。
 背後から男が何かを叫ぶ声が聞こえる。
 しかし、ずっと遠くへ逃げなくちゃ。という事で頭がいっぱいの私の耳に男の声は届かない。今の私には男の声に耳を傾ける暇なんてない。
 そうしてただ半狂乱で走り続け、私は何とか辿り着いた宿屋で一睡も出来ないまま一晩を過ごす事になったのだった。
 あの赤い目をした男の正体は何だったのか、何故あの男は魔術士ギルドに住みついたのか全てが謎であった。
 結局、私は空が明るくなる頃にどうにか眠りに就く事が出来た。眠っていてもなお悪夢に襲われ、最悪の目覚めであった。
 私が目を覚ます頃には雨は止み、日が高くなっていた。宿屋を出て街をうろついていると、市民たちが何かを噂している。
 話を聞いていると、街中でも有名な魔術士の男が今朝からずっと寝込んだまま起きてこないという。
 理由を聞いてみてもただ塞ぎ込んだまま何も答えてくれないようで、魔術士ギルドの長も困っているそうだ。
 昨日までいつも通りだったのに、昨夜に余程ショックな事があったのだろうか。と皆は口をそろえて言う。
 その寝込んでいるという男が一体誰なのかはすぐに察しが付いた。いつも魔術士ギルドの前で湖を見ている黒髪の男の事だろう。
 芸術家や吟遊詩人で賑わうこの街で、ただ一人陰鬱な雰囲気を醸し出す彼は一際目を惹く存在だった。
 湖を見ながら一人何かを呟く姿は、さながら「死」に取り憑かれているとも言える気がした。そんな彼に一体何があったのだろうか。
 気が付くと、私は魔術士ギルドの前に足を運んでいた。いつも此処にいるはずの人がいないというのは変な気分だ。
 目を閉じて、男がいつも見せる憂いに満ちた顔を思い浮かべてみる。
 彼の悲しみに満ちた赤い目を。
 赤い目。
 その時、昨夜の魔術士ギルドで棺桶から私を睨んでいた赤い目のことが頭をよぎった。
 昨夜はあの棺桶の男をてっきりモンスターだと思い込んでいたので男の言葉に耳を傾ける事もなく悲鳴を上げて逃げてしまった。
 まさか、例の塞ぎ込んでいるという魔術士の男はあの棺桶の中で眠っていたというのだろうか。
 もし私の推測が正しければ、私はとてもひどい事をしてしまったという事になる。
 暗闇で顔がよく見えなかったとはいえ、男が女に悲鳴を上げて逃げられたならとても深く傷つくはずだ。
「まさか……。もしそうだったとしたら、本当にごめんなさい……」 
 私はそれを認めたくなかったがひどい罪悪感に襲われ、無意識に男へ向けてそう呟いていた。

 *おしまい*

広い鉱山(Elona春のSS祭り参加作品)

これは2013年4月のElona春のSS祭りに参加させていただいた時に書いたものです。
(お題:「広い鉱山」 使用するアイテム:『巻物』 登場人物:魔術士ギルドマスター『レヴラス』)

 注意:ほんの少しメタ表現を含むかもしれません。そして嘔吐表現を含みます。そのことを留意した上で読んでいただけたら幸いです。


 
 目を覚ますと、わたしは薄暗い洞窟の中にいた。
 どれだけの間、こんな風に岩の上で倒れていたのだろうか。身体を起こすと全身がやけに重く感じ、背中や肩がひどく痛んだ。
 筋肉を傷めてしまったのか、身体に力が入らない。その上、何故だか人前に出るのが億劫で全てを諦めたい気分だ。
 わたしが今感じている脱力感と無気力感は一時的なものではないのだろう。癒し手の元で然るべき処置を受けたり水薬を飲んだりしても戻らなさそうだ。こうなれば長い時間をかけて元の力を取り戻すしかない。
 そして、それだけではない。手元にあるバックパックを見るといくつかの所持品と所持金を失っていた。
 そこで一つのことを思い出す。そうだ。わたしは一度「死んで」、「這い上がった」のだ。
 ――さようなら…遺言は?
 嫌な音と共に死を認めた瞬間どこからか聞こえてきた、何者かの声が頭の中で残響する。
 わたしはその声に何と答えただろうか。それは思い出せない。
 その後、わたしはその何者かに「這い上がる」か「埋まる」か、という選択を迫られた。その時に「這い上がること」を選んだのだからわたしはここにいるのだろう。
 ここはどこだろうか。重たい足取りで洞窟内を歩き回る。
 壁際に置かれた古い棚と冷蔵庫。乱雑に積み上げられた、読めそうにない魔法書。同じく乱雑に積み置かれた未鑑定の武器や防具。どれも見覚えのあるものだ。
 ふらふらと歩きまわっていると洞窟の出口を見つけ、洞窟を出てみる。
 外は日が沈みかけていた。辺りを見渡すと岩山が広がっている。そして、広い鉱山らしき建物が見えた。では、その近くに見えるたくさんの明かりは炭坑街のものだろう。これもまた見覚えがある風景だ。
 ああ、そうだ。ここはわたしの家だ。わたしは「我が家」に戻ってきたのだ。
 ここですべてを思い出す。
 死んで這い上がる前のわたしは、ここからずっと東にある水と芸術の街へと赴いたのだ。
 街では難なくこなせそうな依頼を適当にこなしながら何の変哲もなく過ごしていた。
 その途中で「紺色のオーラを纏っている」としか言いようがない陰鬱な顔の男と目が合ってしまい、身の上話を一方的に聞かされるというアクシデントもあったのだが。
 ところが、一体何にそそのかされたのだろうか。わたしはあの街にある魔術士ギルドへの不法侵入を試みようとしてしまったのだ。
 人とは一つの欲が満たされてしまえばそのまた上の段階にある欲を満たしたいと思ってしまうものだ。たとえ、それが今の自分には不釣り合いなものであったとしても。
 わたしは、財力も実力も伴わない駆け出し冒険者の分際で魔術士ギルドの人間だけが習得できるという技能を早くに手に入れたいと思ってしまったのだ。
 それは、広範囲の敵対者を攻撃する用途である魔法の威力を制御し、友好的な者の巻き込みを軽減するために必要な技能だった。
 不法侵入などという危ない橋渡りをしなくとも、然るべき技能を早くに努力せず手に入れる手段は全くないわけでない。だが、それには「とてつもない幸運」が必要だ。
 ここでわたしは身の丈に合った努力をすることより、危ない橋を渡ることを選んでしまった。わたしは自分自身の欲をうまく制御できない質だったのだ。
 魔術士ギルドの建物にはギルド番人の男がおり、彼がギルドの地下に侵入する者が出ないよう見張りをしていた。
 彼は番人であると同時に新たなギルド員を迎え入れるための審査を行う人間の一人であるのだろう。わたしは彼から魔術士ギルドへ加入するための条件を知らされていた。
 それは、「古書物」と呼ばれる書物を一定の数だけ読解してギルドの表層にある納入箱に納めることだった。
 だが、この「古書物」というものを探すこともそれを読解することもわたしにはひどく困難に思えた。わたしは欲深いと同時にひどく怠惰な質だったのだ。
 そこにはある種の好奇心もあったのだろう。そうした次第で、わたしはとうとうギルドへの不法侵入を図ってしまった。
 まず、わたしはギルド番人の男をどうにかしなければと考えた。彼はいつもギルド地下への階段の前に立っているので何とかして退かせなければならない。
 時折、身に着けたものが呪われているせいで本人の意思と反して本人がいるべき場所からどこかへ飛ばされてしまうということもあるようだが幸運の女神はわたしに味方してくれなかったらしい。故意に他者の所持品を呪う手段もあるようだが、わたしはそのような手段を持っていない。
 どこかへ飛ばしてしまうといえば、そうした用途の杖も存在する。だが、わたしは市民の依頼にその杖をすべて使ってしまっていた。こうなれば番人をどこかへ飛ばすことは不可能だ。
 かといって、番人の男に喧嘩を持ちかけ打ち倒してしまうだけの実力も度胸も持っていなかった。
 そこで、わたしが思い立った手段は番人に強い酒を手渡してへべれけにしてしまうというものだった。
 その日の夜、わたしは魔術士ギルドの建物へと赴いた。
 建物の外の壁には昼間の「紺色のオーラ」を纏う男が膝を抱えて座り込んでいた。男は酒に酔っているのか顔を赤くしながら泣きじゃくっている。泣き濡れた顔に貼りつく長い前髪がどこか汚らしい。
「…ひっく…飲んでいないよ」
 男はわたしの姿を認めると涙声で呟いた。その顔はどう見ても飲んでいる。ここで絡まれたらややこしいことになるだろう。そう予感したわたしは男と目が合わないよう注意を払った。
 そのまま男の傍を通り過ぎようとしたその時、男は突然胃の中身を地面へとぶちまけた。やはり酔っ払っていたようだ。
 嘔吐者の咆哮と、吐瀉物がびちゃびちゃと地面に落ちる音とは何とも嫌なものだ。それにしても、あの男もこのギルドの人間だったのか。このギルドにいつか所属することがあっても出来るだけ関わりたくない。
 建物内に入ると、魔道具の店主も癒し手も眠っていた。そして、あのギルド番人の男だけが起きていた。それでもその顔はひどく眠そうだ。
 わたしが一瓶のウイスキーを手渡すと、番人は「ああ、ありがとう」と言いながらそれを一気に飲み始めた。
「うまいぜ」
 ウイスキーを飲みながらそう言う番人は眠気のせいもあって全くろれつが回っていなかった。その顔はしだいに紅潮していく。
 そのまま彼はフラフラと明後日の方向へと歩き始めた。そうして地下への階段ががら空きになる。わたしの作戦は成功したのだ。
 階段に足を踏み入れようとしたその時、背後から番人のものであろうあの「咆哮」と「水音」が聞こえて私は凍りついた。今日だけで二度もこの音を聞くことになるなんて、幸運の女神というものがいるのなら一度引っ叩きたい。
 さらに、暫くすると番人の「遊ぼうぜ」という地を這うような声ともう一人の男の悲鳴とも呻き声ともつかない声が聞こえた。外で何が起きているかは見ない方がいい。酔っ払い同士が絡むと悲惨だ。
 気を取り直して地下への階段を下りていき、ギルド地下へと足を踏み入れるとけたたましい警報音が響いた。
 職業ギルドとはある種の閉鎖的な場所であり、ギルド員以外の人間の侵入を許さないのだ。だから侵入者がいればギルド員総出で侵入者を排除しようとする。
 そこで、わたしは依頼で受け取った一枚の巻物をバックパックから取り出してその呪文を読み上げた。
 光が私を包み込むと警報音が止まり、わたしを排除しようと駆けつけたギルド員たちはそそくさと戻っていった。
 この巻物は「インコグニート」という魔法の呪文が記されている。インコグニートとは窃盗を見咎められた時や、犯罪者である時に店主やガードと話をする時など汎用性が高い。この魔法を使うことでギルドへの不法侵入も可能になるのだ。
 ギルドトレイナーに技能を教えてもらえるのに必要な数のプラチナコインは揃っている。あとはトレイナーを探すのみだ。
 程なくして、トレイナーの女はたくさんの本棚が並ぶ大広間で見つかった。
 わたしがコインを手渡すと、わたしをギルド内の人間だと思い込んでいる彼女は快く私が学びたかった技能を教えてくれた。
 そこで、そそくさとギルドを抜け出していたならわたしは死なずに済んだだろう。
 だが、どうしたことだろう。わたしは危ない橋を渡る試みが成功したせいですっかり舞い上がってしまい、そうしなかったのだ。
 ギルド内を歩くうちにわたしは妙な好奇心に駆られた。
 そういえば、このギルドのマスターはどんな人間なのだろう。
 魔術を扱うギルドのマスターだというのだからとても偏屈な人間なのだろうか。そして、一体どれくらいの年齢なのだろうか。男だろうか、それとも女だろうか。
 好奇心に駆られたわたしは広間の東側にあるギルドマスターの部屋にまで侵入を試みてしまったのだ。そう、不運にもわたしは元来の厄介な性質をここでも抑え込むことができなかったのである。欲のままに行動してしまうのは私の致命的な欠点だ。
 部屋に入ると、ギルドマスターその人は黒い威圧感のある椅子に座って目を閉じていた。椅子の傍には何冊かの本が落ちている。
 後ろで束ねられた長い金色の髪。深緑色の丈が長いローブに山吹色のスカーフ。そして、どこか女性的な柔らかさを感じさせる端正な横顔。
 わたしは暫く眠るギルドマスターの横顔に見とれていた。魔術士ギルドのマスターというのだから歳を取った人間を想像していた。ところが、マスターその人はとても若い風貌でないか。「美青年」と言ってもいい。
 次に、わたしは部屋を見回した。
 部屋の真ん中には魔法陣と祭壇がある。これは魔術士ギルドだからこそのものだろう。
 部屋の端には何の変哲もない棚と勉強机が置かれている。この机でこの人は物書きをしているのだろうか。
 そして、次に私の目に留まったものは明るいピンク色の毛布が敷かれたベッド、部屋の端に置かれたいくつかの花の鉢植え、大きな鏡台とアップライトピアノだった。
 鉢植えには紅いサルビアの花と淡いピンク色のネリネの花が咲いていた。
 この部屋は、ギルドマスターたりうる人間のものと言うにはあまりに可愛らしすぎるのではないか。わたしはそう思わずにいられなかった。
 目の前で眠るこの男はこの部屋で鉢植えの花を慈しみ、楽譜を広げながらピアノの鍵盤を叩き、鏡台の前で髪を梳かして過ごしているというのだろうか。この調子だと部屋に置かれた大きな金庫の中からぬいぐるみの一つや二つでも出てきそうだ。
 ギルドのマスターというからにはもっと禁欲的に魔術の研究に没頭しているのかと思っていた。だが、脳裏に浮かんでくるギルドマスターの姿はそれとはほど遠い。
 わたしは、ギルドマスターの男に対して妙な親しみを感じると同時にある種の失望を感じた。別に嫌悪感があるわけではない。だが、どこか裏切られたような気持ちだ。
 ギルド表層で酔っ払ってわんわん泣いていたこのギルドの人間と思しき陰気な男の姿を見て、ギルドマスターに対しても「変人であること」という期待を寄せてしまっていたのだろうか。
 妙な脱力感に襲われたわたしは、そこでそっと目を閉じてしまった。本当はそうしてはいけなかったのだ。目を閉じた瞬間、わたしの運命は決まってしまったと言っていい。
 再び目を開くと、あのけたたましい警報音が再び響いた。だが、わたしの手元にはもうインコグニートの呪文を記した巻物は残っていなかった。
 気が付くと、目の前に先程まで眠っていたギルドマスターの男が立っていた。開かれた青緑色の両目はわたしを鋭く睨んでいる。
 その姿は先程の柔和な雰囲気の代わりに殺気立った雰囲気を纏っているように見え、わたしは彼の凍るような目に激しい恐怖を覚えた。
 それだけではない。ギルドマスターの周りに圧倒的な魔力の波を感じる。これが魔術士ギルドのマスターたりうる人間の力だというのだろうか。
「口で言っても無駄のようですね」
 ギルドマスターが口を開いた。その声色はとても優しい。だが、それと同時に突き刺すような鋭さと凍りつくような冷たさが伝わってきた。
 マスターが魔法を詠唱した途端、魔法によって形作られる三つの矢が私を深く貫いた。
 一つは、銀色の光を纏う矢。二つは冥界の冷気を纏い生命力を奪う矢。そして、三つは深い闇を纏い視界を奪う矢だ。
 三つの矢に身体を貫かれたわたしはそのまま床へと叩きつけられる。わたしにはもう何も見えない。そして、再び立ち上がることもできない。
「みなさん、新たな献体が手に入りましたよ」
 最期に、ギルドマスターの男が駆け付けた他のギルド員たちへと呼びかける声が聞こえた気がする。
 死したわたしの身体はこのギルドで献体として使われてしまうのだろう。
 では、わたしの身体は解剖学に使われてしまうだろうか。それとも、解剖なんてものよりもずっとおぞましいものが蠢くところで使われてしまうのだろうか。
 薄れていく意識の中でそんな疑問が頭をよぎる。だが、それも長くは続かなかった。
 わたしは、闇に蝕まれて死んだ。
 
 *おしまい*

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