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資源ゴミ置き場

あまり健全ではない文章を置いていく場所だと思います。

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水葬(再々構築ver・前半)

 (前書きのようなもの)
 この文章は以前にpixivに置いていたレントンさんの過去ねつ造SSを再々構築したものです。
 加筆したら容量オーバーになってしまったので分割しています。
 前に書いたものとは展開は大体同じものなので暇な人向けだと思います。もうこれが最終verになると思います。多分。
 もたもたした部分を改造したのでこれで更新はおしまいだと思います。(2014年1月8日追記)
 …と思ったらイルヴァ資料館が更新されたことで新しい情報が得られたのでそれに基づいた加筆をしたり一部を書き換えたりしました。特に後半の方を書き換えたので後半も読んでね!お兄ちゃん!(2014年2月16日追記)
 
 
 
 
 私が最後に妹と会ったのは雪がちらつく冬の日だった。
 幼い頃から画家を志していた妹はその道の挫折から精神を病み、療養のためにと故郷であるルミエストを離れざるを得なくなっていた。
 療養と言えばその響きはいいが、その実際はいわゆる「厄介払い」に近いものであった。
 六歳年下の妹は美しいものをいたく愛する心の持ち主であったが、根深い憂鬱に苛まれては目にするあらゆる人や物を嫌悪する人間に変わってしまった。
 そんな彼女は周囲の人間を妬んでは当たり散らし、そのたびに自らの行いを悔やんでは泣き沈むようになっていた。
 それでも画家の道を諦めたくない、都を離れたくないと言い張る妹の療養を私は都でするべきだと考えていたが、家族はそれを許さなかったのだ。
 それは、彼女のそのような憂鬱や嫌悪といったものが暴力として家族に向かうようになっていたからである。
 彼女は魔術士としての道を目指していた私に対しても頻繁に呪詛を吐き、当たり散らしていた。
 そんな日が続いていたある日、妹は書斎に置いてあった貴重な古書物や魔法書を破り、貴重な水薬の瓶を叩き割ってしまった。
 それが決定的な出来事だった。この時の私は、毎日続く妹の暴力や暴言に疲れ果てていた。そのような状態で妹を支えることなどできるわけがなかった。
そして、私は妹に対して激昂し、厳しく叱りつけるということをしてしまったのだ。
 ただ暴力や暴言に耐えて泣くだけだった私がそうした態度を取ったことに対し、妹はひどく狼狽した顔を見せた。
 そして、彼女は自分が使っていたペン型ナイフで手首を深く切ってしまったのである。
 この時、既に妹と私の兄妹としての関係は破綻し切っていた。
 そうした次第で、彼女は今年の夏に半ば無理やりルミエストから遠く離れた地にある療養所へと連れて行かれることになってしまったのだ。
 私はそこへ何度も赴いては司教へ妹との面会を許してほしいという旨のことを告げていたが、いつも病状が安定しないことを理由に願いが聞き入れられることはなかった。
 司教や尼僧が言うことによれば、妹は錯乱のひどさから独房へ入れなければならない状態であり、独房の中でもなお壁に頭を打ち付け、爪や食器の破片で腕や首を引っ掻き散らしては壁に血で絵を描き続ける始末であったらしい。
 だが、この冬になって病状が落ち着きを見せるようになったとのことで、ようやく面会が許されるものとなったのだ。
 さらに、司教からは「注意さえ怠らなければそろそろ都に戻っても差し支えはないでしょう」という喜ばしい知らせも受けていた。
 面会室と称される小部屋でソファに座って待っていると、葡萄色のワンピースに菫色のスカーフを纏った妹が司教に連れられてきた。その黒い髪はワンピースと同じ色のリボンで二つ結びにされている。
 司教はそんな妹を私の向かいのソファに座らせると、その横に腰掛けた。
 妹の顔は未だ苦悩にやつれ、ひどく悲しそうであったが夏の頃のように狂気を帯びたものではなくなっていた。それどころか、どういうわけか以前よりも愛らしさが増していたような気がした。
 ――もう嫌だ。みんなして私を気違い扱いして。私が気違いなら修道院でも癲狂院でも何でもいいからぶち込んでちょうだい。
 ふと、療養所に連れて行かれる前に妹が吐いていた言葉が頭をよぎった。この時の妹は時に気違いだと他人に罵られることもあったらしい。
 周囲の人間に「気違い」と言われ疎まれ続けていた妹は今や「気違い」などではなく一人のいたいけな少女でしかなかった。私の前に座る妹はとても悲しそうな顔をしたまま一言も喋ろうとしない。
「……グレース。寒くなったな。元気にしていたか?」
 私はおずおずと妹へ尋ねた。だが、妹は小さく頷くだけでそれ以上の返事をしなかった。
 それにしても、私は一体何を言っているのだろうか。元気な人間ならこんな所に来る必要なんてないではないか。
 そして、ただ悲しそうな顔をするだけの妹はまるで取りつく島がない。何を言えばいいのだろう。
 黙り込む妹を前に、私は言葉が続かず口をつぐんだ。
 話したいことはたくさんあるはずだが、相手が病人であることを意識してしまい、何を話すべきなのかが分からなかった。
 私自身があまり人と話すことを得意とせず、妹も元々は物静かだったので面会が静かなものになるのは必然のことだったのかもしれない。
 暫く、三人ともが口を開くタイミングを掴めないまま部屋に沈黙が続いていた。
 そこで、私はこの重たい空気を破ろうとやっとの思いで外へ散歩に出てもいいかという旨のことを司教へ尋ねた。
 すると、司教は暫く考えこんだ後に答えた。
「ええ。お嬢さんも大分病状が落ち着いてきていますのであまり遠くに行かないのであればいいでしょう」
 と。
 私は司教に感謝の言葉を告げると妹の手を引き、面会室を出た。
 
 療養所の外に出ると、庭には白い雪が積もっていた。
 面会室では苦悩にやつれた冷淡な顔を見せていた妹だが、庭に出るとしだいにその表情を緩め、ぽつりぽつりと問わず語りを始めた。
 それと同時に、私も妹を相手に自然と言葉が出てくるようになった。
 長らく独房で過ごしていた妹は、最近になってこの庭に出ることを許されるようになったらしい。
 花が好きだった妹が庭に出ることを許されたことがどれだけの慰めになったかは想像に難くなかった。
 だが、彼女が身体を壊す勢いで熱中しやすい性格であることを考慮してなのか絵を描くことはまだ許されていないらしい。
 絵描き道具があれば毎日ここでスケッチをしていたかったのにな。妹は悲しげにそう話した。
 この庭では患者たちが療養の一環で園芸をしているのか、花壇には濃い紫のヒヤシンスの花と、名前は分からないが雪のように真っ白なうつむきがちの花が咲いていた。
 暫く庭を歩いていると、赤や白の花を咲かせた木が目にとまった。この花は何という名前なのだろうか。私がそう尋ねる前に妹がぎこちなく口を開いた。
「この花は『カメリア』っていうみたい。あ。この飾りはね、この花をかたどっているの」
 そして、妹はスカーフを留めている白い布の花飾りを指差した。まるで何かを包み込むように丸い花びらが重なり合っている花だ。
「おお。それは、自分で作ったのか?」
 私がそう尋ねると妹は黙って頷いた。雲の隙間から差し込む柔らかな太陽の光がそんな妹の顔を照らしていた。
 その時の妹はとても愛らしく、私は思わず言葉を洩らした。
「とても綺麗だ」
 と。
 微笑む私を見ると、妹は照れくさそうに頬を染めながら微笑んだ。その姿はある種の優雅さを湛えていたと言ってもいいだろう。
 ここでたくさんの花の名前を学んだのか、妹は他にも様々な花の名前を教えてくれた。
 花壇に咲いていた白い花が「スノードロップ」という名であることを初めて知ったのはその時だった。
 妹は簡単な裁縫や手芸が出来るほどにまで立ち直っていた。そして、妹は「少女」から「女」へと成長を遂げようとしている。
 その事実が私にはとても嬉しく思えた。そして、それは「これからは兄として妹のことを守ってやらなければならない」という決意となった。
 妹を連れて都に戻り、妹との生活をやり直したい。私はそんな願いが叶うのを心待ちに思っていたのだ。
 
 そうして暫く庭の散歩をしていた私たちは、再び司教が待つ面会室へと戻った。
 そこでは妹も交えて「もうじき退院することもできるが、そのためにはまた両親との相談が必要だ」という旨のことが話された。
 妹は、その話を何の感情も読み取れない顔でただ黙って聞いていた。
 その時になって初めて、私は妹の細い手にいくつもの傷跡が残っていることに気付いた。独房での生活はどれほど辛いものだったのだろうか。
 そして、再び都に戻る話が出ている今、彼女は何を思っているのだろうか。
 このことが妹の口から語られることは二度となかった。
 面会から二日後の夜、妹は尼僧たちの監視をかいくぐって療養所を抜け出し、行方不明になってしまったのだ。
 面会が終わった後の私は一週間後に再び妹の退院の相談に訪れるという約束をし、ルミエストへ向かっていた。
 私が妹の失踪の知らせを聞いたのは都に戻って間もなくのことだった。
 数日後に見つかった妹は、療養所の近くにある湖の岸辺で雪に埋もれて息絶えていた。
 その時の彼女は療養所の庭で私に手作りの花飾りを見せてくれた時の姿のままだった。
 ――お兄さん、ごめんなさい。
 妹の使っていた部屋からは、そう書かれたメモが見つかった。
 都では妹の葬儀を私が取り仕切り、妹の亡骸は都から離れた丘にある墓所に葬ることとなった。
 その時の私は、何もかもが悪夢での出来事のように思え、自分の身体と心がバラバラになってしまったような心地がした。
 ――妹が死んだというのに涙一つ流さないなんてあなたはなんて冷たい人なの。
 ――あなたはそんなに妹のことが嫌いだったのか。
 ――今のあなたはまるで機械みたいだ。
 無表情の仮面が貼りついたような顔の私に対し、母を含めた何人もの人間がこうした言葉を投げかけた。
 この人たちは妹が生きていた頃には周囲に当たり散らす彼女を蔑んで罵りの言葉を向けていた。それが今は妹の死を悲しむ顔をしながら私を罵っている。
 中には、棺にしがみ付いてわざとらしいほどに泣き声を上げる者までもがいた。
 一方の私はというと、妹の突然の死が悲しいはずなのに泣くことができない。全てが麻痺したように何も感情が湧いてこないのだ。
 それはあの日の療養所で見た花のように白い死装束を身に纏って棺で眠る妹を前にしても、妹の名が刻まれた墓を目の前にしても同じだ。
 そもそも私は本当に妹の死を悲しんでいるのだろうか。それすらも分からない。
 私はただ妹の葬儀、埋葬の手続きを淡々と行うだけだった。そんな私は人に言われた通り「機械」のようだ。
 妹の死を悲しむ顔をする私の周りの人たちは、何故妹がまだ生きていた頃に彼女をひどく邪険に扱っていたのだろうか。
 その人を失うことが悲しいと思えるのなら、その人が生きているうちにもっとできることはあったのではないか。
 その人が死んでしまった後にいくら悲しい顔をしても取り返しはつかない。
 そんなことを他人事のように考える私はやはり周囲の人間が言うようにひどく冷たい人間になってしまったのだろうか。
 もしそうだとすれば、この胸を刺すような苦痛は一体何だというのだろう。
 妹の埋葬の手続きを淡々と行うだけの私も、妹の棺を前に涙を流す人たちを冷めた目で見ている私も偽物みたいだ。
 では、本物の私は一体どこにいるのか。そもそも妹の死を悲しむ本物の私なんて存在したのだろうか。
 妹の周りの人間が見せる矛盾もまた理解に苦しむものだったが、自分自身の矛盾がとりわけ理解できず、いっそう苦痛であった。
 この時の私は、妹の死を心から悲しんで別れを告げることができなかったのである。
 
 妹が死んだ日から、私はかつての妹のようにあらゆることがらを嫌悪する人間へと変わっていった。
 水と芸術の街であるルミエストは芸術家で賑わっているのだが、名も知らぬ芸術家の成功を耳にするたびに私はうんざりさせられた。
 ことに、それがいわゆる「天才」と言われる人間の話だった時にはますます耐え難い苦痛を感じた。
 妹が熱望しながらも得られなかったもの全てを手に入れた人間の話など聞きたくなかったのだ。
 恵まれる者と恵まれない者との間の不平等は避けられない。そして、それをもたらすのは運命の偶然でしかない。
 それはずっと前から理解していたことだ。だが、妹の死までもが運命の偶然だと言われたとしてそれを受け入れられるわけがない。
 妹の運命や自分自身の運命を呪い続けるうちに私は憂鬱の深淵に沈み込み、どうしようもないほどの無気力感に襲われていった。
 それは妹の死から二月ほど経った春の日のことだった。
 その日の私は、パン屋へ向かう途中の道で吟遊詩人の青年がハーモニカの演奏をしているのを目にした。その周りでは市民が集まって拍手をしている。
 以前の私ならその演奏に最後まで耳を傾けておひねりの一つか二つでも彼へ与えていただろう。
 だが、今の私は彼の演奏がやけに耳触りに思え、ひどい苛立ちを覚えずにはいられなかった。
 ハーモニカの音が神経に障る。頭が締め付けられるかのように痛んで仕方ない。
 気が付くと、私は地面に落ちていた小石を手にとり、それを吟遊詩人の青年に向かって投げつけていた。
 小石が空を切って青年の頬を掠めると、彼は演奏を中断した。
「そんなに耳障りな演奏だったかい?」
 青年は困惑と怒りの入り混じる目で私を見ている。その頬の掠り傷からは僅かに血が滲んでいた。
 市民たちもまた驚いたような、怯えたような表情で私を見ている。
「あ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 我に返った私は市民と吟遊詩人を前に、か細い声で呟くことしかできなかった。
「一体何のつもりなのだろうか」
「木の芽時だからおかしな人間が出るものだ」
 市民たちが口々に話をしている。私は本当になんてことをしてしまったのだろうか。
 暫くして、青年が演奏を再開するのを見届けると、私は背中を丸めてその場を後にした。
 そして、今の私はパン屋に入っても買うパンを選ぶことができなくなっていた。
 この頃は何を口にしても砂を噛んでいるようで美味しいと思えないので飲み食いに対する関心が急速に薄れていたのだが、それに加えてそもそも「幾つかのものから一つを選ぶ」ということも困難になっていたのだ。
 以前なら食べたいパンをすぐに選ぶことができたはずだ。それなのに何故そんな簡単なことができないのだろうか。
 何を買うか決めかねておろおろする私を店主の娘が怪訝そうな顔で見ているような気がする。
 早く何を買うか決めなければ。
 早く決めなければ。
 早く。早く。
 焦るうちに手はがたがたと震え、額には冷や汗が滲み出す。
 とうとう私の様子がおかしいことに気付いたのか、店主の娘が大丈夫かと声をかけてきた。
「あ、ああ。すまない、大丈夫だ……本当に何でもないんだ」
 そう答える私の声はひどく震えている。自分でも笑わずにいられないほどにひどい声だ。
 そして、食べるパンを何とか決めた後の精算の時でさえ手が震えて金貨を床にばらまくという始末だった。
 ――お前はなんて無様な人間なんだ。生きていて恥ずかしくないのか。
 床にうずくまって金貨を拾い集める時、耳の奥で誰かが囁く声が聞こえた。
 何とかパン屋を出て目の前の景色を見渡すと、街は色鮮やかさを失いつつあった。
 とはいえ、街の風景は変わってなどいない。色褪せてしまったのは街ではなく、私の目なのだ。
 ふと橋の上から湖面を見下ろすと、そこに映るのは苦悩にやつれ、みすぼらしく痩せた男の歪んだ姿だった。
 この男は何が悲しくてこんな惨めな姿を人前にさらしているのだろうか。
 私は湖面に映る自分の姿を心底から醜いと感じ、吐き気を催した。
 そんな今、自分自身に対して出てくる言葉は呪詛や否定の言葉ばかりであった。
 私はあらゆる物事、とりわけ自分自身から美点や良さを見出しては肯定する心を失ってしまったのだ。
 湖面に揺らぐ自分の姿を見るうち、私は腹立たしさを覚えて足元に落ちていた小石を湖面に映る男に向けて投げつけた。
 
 重たい足取りで自宅に戻ると、私は台所のテーブルで一人食事を始めた。
 だが、口に運ぶパンを全く美味しいと思えない。まるで鉛を噛んでいるようだ。
 かといって味覚がおかしくなったわけではない。ただ「美味しい」と感じることができないのだ。
 結局、一つの小さなパンを時間をかけて食べ終わるのがやっとのことだった。
 私は手つかずになったパンを袋に詰めてテーブルに置くと台所を後にした。
 そして、私が足を運んだのは妹が使っていた部屋だった。
 妹の死後、妹の部屋に入るのはこれが初めてではなかった。
 この頃の私は幾度となく何かを確かめるように妹の部屋へ足を運ぶようになっていた。
 部屋は耳が痛くなるほどに静かで、そこにはもう妹が生きていたということを示すものは何もない。
 部屋には何も敷かれていないベッドと空のクローゼット、本棚が置かれているだけだ。それ以外は何もない。
 何度確かめてもそれは同じだ。
 私が無気力に沈んでいるうちに、家族は妹の遺品の処分を決めてしまったのである。
 それはまるで精神を病み、自殺という末路を迎えた妹の存在を恥ずべきものとして「なかったこと」にする行為にも思えた。
 私は唯一の形見として妹が最後に見せてくれた手作りの花飾りと菫色のスカーフだけを持っていたが、この部屋には妹が生きていたという証拠は何も残っていない。
 部屋に立ち尽くすうち、軽い胸の痛みを感じた私はクローゼットにもたれ掛かるように座り込んだ。
 どうして家族は妹の遺品という遺品を全て処分してしまったのか。私がろくな判断をできなくなっていたからといって私の意思を無視するのはあんまりではないか。
 それにしても、先程から胸の奥がずんずんと痛み続けている。この胸に大きな穴が開いてしまったような違和感は一体何なのだろうか。何かがない。何かが空虚だ。
 そうだ。私は今まさに「寂しい」のだ。それも身体と心が引き裂かれそうなほどだ。
 痛みの理由を突き止めたその時、頭の中で今まで張り詰めていた糸が切れる音が響いた。
 それと同時に目頭が燃えるように熱くなり出し、止めどなく涙が溢れ出した。
 妹が死んでから私が泣くのはこれが初めてだった。
 何度拭っても涙は全く止まる気配を見せず、ぼろぼろと流れ落ちてはローブの袖や床を濡らしていく。
 床に目をやると、涙だけでなく鼻水までもが流れ落ちてまだらな染みを作っていた。
 外で今の顔をさらせば「いい歳をした男が何を女子供みたいに泣くのだ」と物笑いの種になることだろう。
 妹を埋葬する時の私が全く泣けずにいたのと反して、今の私は全く抑えが利かず泣きじゃくっている。
 あの時に終始無表情のままで「機械みたいだ」と罵られていた私は何故今になって袖を絞るほどに泣いているのだろうか。
 私は妹の弔いに泣くことができなかったくせに、自分のためにならいくらでも泣くことができるというのだろうか。
 そうなのだとすれば、私はなんて醜悪な人間なのだろう。妹でなく、こんな私の方こそ死ぬべき人間だったのだ。
 これから何十年もこんな「私」という人間を忌み嫌いながら生きていくなんて耐えられない。
 その時、私は自分という人間が心底から手に負えない存在に思えた。
 私が生まれて初めて生を苦痛に感じ、自分の死を望んだのはその時のことだった。
 
 それから、さらに月日が過ぎた。
 妹が健在だった頃の私はギルド内で魔術に関して然るべき評価を受けていたのだが、この頃はギルドでの務めに支障をきたし始めていた。
 その頃から私は頻繁に理由の分からない頭痛や長引く微熱に悩まされるようになっていた。
 そして、魔法書や古書物といった書物を読んでいてもその内容をすぐ忘れるようになり、特に古書物の解読のミスが目立っていた。
 そのせいで何冊の魔法書や古書物を駄目にしたかは分からない。
 何度も繰り返す失敗のせいでギルド内での自分の信用というものが落ちつつあることに私は焦り始めていた。
 だが、焦ることはさらに注意力を散漫にし、その結果としてさらに焦ってはミスを増やすという悪循環だったのだった。
 決定的な出来事となったのは、夏にあった書物に関する報告会で突然の発作を起こしてしまったことだろうか。
 その時、私は古書物の解読内容を報告する担当となっていた。
 人前でしっかり喋られるだろうか。そんなことを思って緊張していたことは否定できない。
 だが、壇上に上がったその時、頭が真っ白になり言葉が出てこなくなってしまった。
 手に握る紙へと目をやる。だが、その上の文字を声にすることができない。
 やがて、紙を握る両手ががくがくと震え出して激しい眩暈が私を襲った。
 胸が押し潰されるように痛む。そのせいで上手く呼吸することができない。
 そして、先程から震え続けていた膝がとうとう力を失って崩れ落ちる。
 その時、私は窒息感に喘いで倒れる自分の姿やざわめく聴衆の姿を一歩遠くから見ているような奇妙な心地がした。
 今は発表をせねばならない場なのに何をやっているのだろうか。私は再び立ち上がろうとするが、膝の震えと眩暈で立ち上がることはできない。
 そんな体たらくで古書物の解読内容の報告なんてできるわけがなかった。
 ところが、ギルドの番人が慌てふためいて癒し手を呼びに行っている間に発作は嘘のように治まってしまったのだ。
 それでも大事を取って私が担当していた書物の報告は急遽他のギルド員が行うこととなり、私は心底から情けなさを覚えた。
 ――もしかすると先程の私の発作は演技に他ならないものだったのではないか。そうだとすれば私がしたことは最低だ。
 その時の私は釈然としない思いの中、そんなことを考えていた。
 だが、この突然の発作はその後も幾度となく私を襲い、ひどい時には失神が伴うことさえあった。
 一度発作が起こると激しい眩暈と共に肺を押し潰されるような窒息感が襲ってきてひどく苦しいのだ。
 それこそ「このまま死んでしまうのだろうか」という恐怖を感じるほどの発作を意識的な演技で起こせるわけがない。
 だが、何度も繰り返す発作の原因は分からずじまいで、癒し手の処置も水薬も全く効かなかった。
 しまいには、癒し手にも「気にしすぎなのではないか」と言われる始末であった。
 自分の身体に何が起きているのかも発作がいつ襲ってくるのかも分からない。
 そのような不安と恐怖から、私はいつしか人前に出ることを極端に恐れるようになっていた。
 壇上に立たなければならない時になれば小さな報告をする時でさえ不安に襲われ、トイレにこもっては胃液を吐く始末だ。時には嘔吐だけでは済まず、不安を誤魔化そうと壁に頭をぶつけることさえあった。
 そんなある日、私はギルドの番人から呼び出しを受けた。それはギルドでの私の態度に見かねてのことだったのだ。
 その頃の番人は、ギルド長が多忙から不在であることが多かったのもあって私に対して苛立ちを募らせていたのだろう。
 彼は私が最近になって犯した失敗を次々と論っては問い詰めた。
 全ては私の至らなさだ。そのことは痛いほどに理解していたので私はただ番人を前に謝ることしかできなかった。
 彼の言うことはとても正しい。ましてや相手はギルドの番人であって私はただのギルド員でしかない。だから、相手の言葉がいくら突き刺さるものであっても言い返すことなどできない。
 私は番人の糾弾を前に、歯を食いしばりながら今にも泣き出しそうになるのを耐えることしかできなかった。
 ところが、私がただ糾弾に対して頷くだけだったこともまた番人を更に苛立たせたらしい。
 番人は眉間に皺を寄せ、明らかに苛立ちを隠せない顔で尋ねたのだ。ただ頷くだけなら子供やかたつむりでもできる。本当に話を聞いているのかと。
 それが私にとどめを刺した。食いしばっていた歯が緩み、気付いた時にはもう既に水は顎を伝い落ちていた。
 そして、私はそれを皮切りに嗚咽が止まらなくなり、まともな受け答えなどできなくなってしまったのだった。
 それは言うまでもなく、私が最も恐れていた事態だ。
 ことごとく肝心な時に限って身体は言うことを聞いてくれない。そして、心もまた私の制御できる範囲からたやすく外れてしまう。
 私の意志はまるで一つの柱を失ったことを皮切りに崩れていく積み木の塔のようだ。それはあまりに脆弱すぎる。
 私の涙を認めた番人はそれに対しても更に責め立て始めた。
 ――そんなに心を弱らせてどうするんだ。全ては気の持ちようなのではないか。
 番人が長々と話すのはそうした旨のことだった。
 ――魔術を操る者は心を強く持たねばならないはずだ。自身の心を満足に制御できないのでは魔術の制御もできないであろう。
 その時の番人の言葉の中でも、この一言が最も深く突き刺さった。
 私には番人のしていることはただの暴力にしか思えなかった。言葉を奪われて泣くしかできない人間を更に言葉で虐げることに何の意味があるというのだろうか。
 その一方、彼がこうした厳しい言葉をかけることで私の尻を叩こうとしていることは理解していた。
 だが、その上で奮い立とうとすることについては既に限界だった。
 その日以来、私はギルドへ赴くこと自体をひどく躊躇するようになっていった。
 何度ギルドに足を踏み入れようとしてもその前で足が止まってしまい、一歩が踏み出せないのだ。そして、一歩を踏み出そうと努力するほどに一歩一歩は鎖で縛られたかのように重くなっていった。
 とある日の朝にはギルドへ向かおうと玄関に立った瞬間に突然気分が悪くなって食べたものを吐いてしまったこともある。
 やがて、自分などが魔術士ギルドにいても迷惑なだけだという思いが私の頭を支配していき、心折れた私はそのうちギルドに全く足が赴かなくなってしまった。
 そんな私は魔術士ギルドの人間としての地位を失うことになってしまったのだった。
 
 
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