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資源ゴミ置き場

あまり健全ではない文章を置いていく場所だと思います。

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読めない絵本(再構築ver)

 
 この文章は去年の10月頃に書いた文章に色々追加したものです。きれいなレントンさんの話。
 特にまずい表現はないもののあまり明るい話ではないと思います。95%くらいは想像という名のねつ造。
 余すところなくネタバレを含むのでElonaのサブクエスト「幻の絵本」を終了させてから読むことをお勧めします。




 
 暖かな浮遊感が目を閉じたままの私を包み込む。こめかみに柔らかい痛みが走り、それが心地良い。
 何かに赦されるような安らかな感覚の中で、私は目を開けた。
 色鉛筆や絵の具など様々な画材が散らかる部屋。開いた窓からは柔らかな光が洩れて床に影を作っていた。
 その部屋の真ん中で少女が一心不乱にキャンバスに向かっている。彼女は私に背を向けたままだったが見紛うことなどなかった。毎日目にしていた背中なのだから。
 私は、彼女が一心不乱にキャンバスへ向かう姿が好きだったのだ。たった一人の大切な妹。
 画家を志す彼女の努力、情熱は私から見ても尋常でないものだった。
 そんな妹の姿は「輝いていた」と言っても過言でない。
 その背中を見ながら私はその努力が報われることを静かに祈っていたのだ。 
 どれだけの間その背中を見ていたのだろうか。不意にキャンバスに向かっていた妹が振り返った。
「お兄ちゃん、見て! 絵が完成したの」
 そう言うあどけない彼女の顔は満面の笑みをたたえていた。
 その絵はまだまだ拙さが残る物だったが妹にとっては一番の作品だ。そして、それは私にとっても同じく一番の作品だった。
「ああ。素敵な絵だ。よく頑張ったね」
 思わず私は顔をほころばせた。それは心からの言葉だった。
「あたし、レイチェルみたいに見た人の心が温かくなるような絵が描けるようになりたいな。なれるかな?」
 妹は私を前に無邪気に微笑んだ。
 レイチェルとは、その才能を惜しまれながら若くして亡くなった童話作家だ。妹は彼女が描く絵に憧れを抱いていた。
 この頃の私は魔術士ギルドの講義が休みの日に妹が絵を描くのを見守り、このレイチェルの話をする妹に耳を傾ける時間が大好きだった。
 そして、私は妹に言ったのだ。きっと素敵な画家になれるはずだよと。
 その言葉にもまた偽りは全くなかった。そう。この時は。
 幼い妹の頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、突然目の前の景色が暗転すると同時に激しい耳鳴りが襲った。
 何かに赦されるような感覚が壊れていく。私が今まで見ていたものは幻だったのか。
 そう考える間もなかった。
 耳鳴りが引くと同時に視界が開けた。
 
 目の前に広がる光景は、先程とは一変していた。
 光を閉ざした窓。引き裂かれたカーテン。そして、埃にまみれ散らかる部屋に未完のまま破り捨てられた何枚もの絵。
 その部屋の真ん中で妹が泣き崩れている。その姿もまた何度も目にしていたものだ。
 そして、妹の傍には「私」がいた。今よりも若い頃の「私」だ。
 今、私はこの部屋で亡霊のように浮遊していた。身体はまるで凍り付いたかのように硬直し、動くことも声を出すことも出来ない。
 そもそも今の私は人の形をしているのだろうか。今の私はこの部屋の照明の一つでしかないのではないか。
 それは十四の誕生日を迎える前後のことだっただろうか。妹は自分の才能の限界を感じ次第に精神を病み始めた。
 その顔はやつれて髪は乱れ、血走った目だけがただぎらぎらと鋭い眼光を放っていた。
 そんな彼女が笑顔を見せることは殆どなくなり、その姿にひたむきに絵を描き続けていた頃の輝きを見出すことはできなくなっていた。
 妹は口を開くたびに自分には才能がない、レイチェルみたいな絵なんて描けないと繰り返していたが、「私」はそんな彼女をなだめようとすることしか出来なかった。 
 そして、その頃には、周りのあらゆる人間が彼女の当たり散らしの的となっていた。
 妹が周りの人間を罵る分、彼らもまた彼女へそれと同じだけ、それ以上の罵声を浴びせた。 
 目の前で妹が画材を投げつけながら「私」を口汚く罵っている。「私」もまた例に漏れず罵声の的となっていたのだ。
 怯えたような顔をしたままの若い「私」はそんな妹へ気休めの言葉をかけることしか出来ない。
 この頃の「私」は妹の気持ちを理解するにはあまりに若過ぎた。そんな「私」は取り乱す妹を前に泣き出す始末だった。
「ねえ、何でお兄ちゃんが泣くの? 耳障りなの! お願いだからもう出ていってよ!」
 そんな妹の刺々しい言葉に狼狽し、とうとう「私」は泣きながら部屋を出ていった。妹を一人置いて。
 暫らくすると、泣きじゃくっていた妹も部屋を出ていき、この部屋には誰もいなくなった。
 そして、再び目の前の景色が暗転し、激しい耳鳴りと共に白黒の砂嵐が広がった。相変わらず身体は凍り付いたように動かない。
 轟音のような耳鳴りが引いていくが、砂嵐のせいで何も見えない。
 闇の中で空中を舞う無数の白い粒子が私の視界を覆い尽くしている。それはとても冷たい。
 いや、これは砂嵐ではない。雪だ。
 視界が開けると、目の前には大きな湖が広がっていた。真っ黒な空と同じ色の湖には氷が張っている。
 そんな中、湖へと歩いていく一つの影が見えた。それもまた見紛うことなどなかった。
 妹が氷に覆われた湖に向かっていく。全てを終わりにするために。その歩みには全く迷いがない。
 お願いだから行かないでくれ。
 私は叫んだ。だが、それが声になることはなかった。そして、そこから動くことも出来なかった。
 その背中は氷を踏み割りながら歩みを進めていく。今、まさに妹は真っ暗な湖の底へと消えようとしていた。
 行かないでくれ。
 私はその背中に向けて何度も声にならない叫びを上げ続ける。だが、その叫びが届くことはない。
 程なくして湖は妹を飲み込み、その影を消していった。
 妹の姿が見えなくなっても、意味がないと分かっていても私はただ叫び続けた。
 降り止まない雪は私の視界を閉ざしていく。零れ落ちる涙は氷の粒になって雪と共に風にさらわれていく。
 そして、最後には何も見えなくなった。
 
 再び重い瞼を開くと、そこは自室だった。机の上には読みかけの魔法書が散乱している。どうやら魔法書を読む途中でうとうとして夢を見ていたようだ。
 夢で見た妹の表情と声が頭を離れない。現実だけでなく夢まで私を苛むのだろうか。
 瞼をこすりながら椅子から立ち上がると、目眩と共に頭の中が脈打つような頭痛が襲った。
 そんな中で床に目をやると沢山の紙切れが散らばっていた。開いた窓からの風に吹き散らされたのだろう。窓を開けっ放しにしたまま眠っていたのは迂闊だった。
 私は床にしゃがみ込み、散らばる紙切れを拾い集め始めた。
 この紙切れはレイチェルによって描かれた絵本の切れ端だ。そして、それは妹が愛読していたものと同じものだ。
 私は以前、通りすがりの冒険者へレイチェルの描いた絵本を読みたいので探してほしいと依頼したことがあった。
 妹が追従し続けていたものを私自身も共有することで少しは救われるのではないかという気持ちがあったことは否めない。
 だが、冒険者が集めてきた絵本を目にしても私が救われることはなかったのだ。
 絵本を読んで私が理解したことはレイチェルが途方もなく素晴らしい絵を描く人物だったこと、彼女が「天才」と言っても過言でない才能の持ち主だったということだ。
 妹がそんな彼女を追従して彼女のような絵を描こうと身体を壊すほどに努力することは悲しいほどに虚しい行いだったのである。
 そのことを理解した私は耐え難い悔しさを覚え、冒険者の前でそれらの絵本を感情に任せて全て破ってしまったのだった。
 そうして、私の元にはページがバラバラになって読めなくなった絵本と行き場のない虚しさだけが残った。
 だが、私はその読めない絵本を今もなお捨てることができずにいた。
 こんな絵本を見てもただ辛いだけなので本当はもう捨ててしまった方がいい。それは分かり切っていた。
 それなのに私はこのバラバラの絵本を捨てるどころか、何かに取りつかれたかのようにその挿絵に見入ってしまうことさえある。
 その度に私は涙を流し、袖と絵本のページを濡らすこととなった。
 そんなことを繰り返すうちに絵本はインクが滲み、文字に至っては何が書いてあったかも分からなくなっている。
 ――レイチェルみたいな絵を描けるようになりたいな。
 まだ幼かった妹は笑顔で語った。
 あの頃の彼女は無邪気にそう語っていたのだろう。数年後にはその願いこそが自分自身を苦しめ、死に追いやることとなるのを知らずに。
 妹には最後までこの作家のような絵を描くことは出来なかった。これが才能、運の有無というものによることなのだろうか。
 妹の、私が愛したひたむきな姿から病み疲れた姿への変貌。それもまた運命だったのだろうか。
 妹があのような形で人生を終えなければならなかったことも運命のいたずらにすぎないのならば、幸運の女神はとても残酷だ。
「あなたが笑顔なら……」
 気が付くと、私はうつむきながら呟いていた。
 私はただ妹に笑顔を見せてほしかっただけのはずだ。だが、もう二度とあの笑顔を見ることは叶わない。
 妹が生きてさえいればあったはずの可能性は全て断たれてしまった。彼女自身が自ら断ってしまった。
 もし妹が今生きていればどんな風に暮らしていただろうということに思いを巡らせても虚しいだけだ。
 できることなら先程の夢に見た、暖かな陽の中で楽しそうに絵を描く妹を見守っていた日々に帰りたい。だが、それは妹がいたからこそ幸せだった日々だ。
 妹を失った今、そんなことを願っても意味なんてものはない。ただ虚しくなるばかりだ。
 やがて、胸の内で広がっていく痛み苦しさと共に喉から呻くような声が漏れた。
 瞬きの度に溢れる涙はもう読めない絵本の上にぽつりぽつりと落ちて滲んでいき、更に読めないものへと変えていく。 
 レイチェルの絵は色が水で滲んでもなお美しいことは変わらない。それがまたいっそう悲しかった。
 そうして何度も何度も涙を拭ううちにローブの袖はずぶ濡れになっていく。それでも嗚咽は止まらない。 
 歳を重ねるごとに、私は涙を堪えることも一度流し始めた涙を止めることもできなくなってきている気がする。
 そんな私はまるで古びて制御が利かなくなっていく機械のようだ。
 人はよく「涙が涸れる」という言葉を使うが、そんなことはないだろう。涙は涸れるどころか時が経つほどにその量を増していくではないか。
 この真っ黒なローブの袖もいずれ濡れ続けるうちに傷んで色が抜け落ちてしまいそうだ。
 気付けば私はもう四十だ。私はこれからもますます涙もろくなっていくのだろうか。 
 そう思考を巡らせていると、窓から吹き込む一際強い風が雪と共に絵本の切れ端を私の手からさらって散らしていった。
 白い氷の粒を乗せた風が涙で濡れた頬に冷たく突き刺さる。
 風が止むと、頬の冷たい痛みだけが残された。
 顔を上げ、窓の外を見ると空は厚い灰色の雲に覆われていた。
 この街にももうすぐ長い冬がやって来る。
  
 *おしまい*
 

 
 (あとがきのようなもの)
 
レイチェルの絵本の挿絵ってとても綺麗なものだったんですかね。
 Elonaのゲーム中で「天才」と称されるのは彼女くらいしかいない気がします。彼女がどんなに才能を持っていたかは幻の絵本クエストから推測することしかできませんが…。
 才能を求めた末路が才能をもつ者の後追い自殺とか兄からすればやるせない話だと思います。
 
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